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無頼派というのは真っ赤なウソ!?坂口安吾もそうだった、男性性と孤独の問題(澁谷 知美)
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無頼派というのは真っ赤なウソ!?坂口安吾もそうだった、男性性と孤独の問題(澁谷 知美)
気鋭の哲学者・稲垣諭による『「くぐり抜け」の哲学』は、そうした喜びを感じられる稀有な本の一つで、... 気鋭の哲学者・稲垣諭による『「くぐり抜け」の哲学』は、そうした喜びを感じられる稀有な本の一つで、前のめりになって読んだ。取り上げるテーマは男性性のほか、くらげの表象論、民主主義、格差社会、ゲームとプレイ……と多岐にわたるが、そのように背景がしっかり描き込まれているぶん、現代日本における「男性とはなにか」が鮮明に浮かび上がってくる。 くぐり抜け=かかわりのなかでを作り変えていくこと タイトルにある「くぐり抜け」とは、ドイツの現象学者・フッサールに由来し、自身の経験の枠組みを解体しつつ、他者に近づくことを意味する。それは、他者の周辺について知るだけではなく、他者とのかかわりのなかで自分自身を作り変えていくことでもある。 フッサールはクラゲを題材に思考した。表紙には涼しげなクラゲが描かれている。クラゲのようにたゆたいながら話は進む。 1章は「くらげの現象学」である(著者は表象としてのそれを「くら