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考古学の検索結果281 - 320 件 / 820件

  • Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages - Nature

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      Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages - Nature
    • 今帰仁村の自然洞窟からグスク時代の人骨26体見つかる|NHK 沖縄県のニュース

      今帰仁村の自然洞窟・ガマで、11世紀末から15世紀ごろのものとみられる人骨が26体見つかりました。 この時代の人骨がこれだけまとまって見つかるのは珍しいということです。 今帰仁村のガマで見つかったのは、11世紀末から15世紀ごろの、沖縄では「グスク時代」と呼ばれる時代のものとみられる人骨26体です。 村によりますと、このガマでは、平成26年に人骨が初めて見つかり、当初は沖縄戦の戦没者の遺骨とみて、調査を進めていました。 その後、人骨や周辺から見つかった出土品を調べたところ、「グスク時代」のものとみられることがこのほどわかったということです。 人骨は、男性が16体、女性が9体、子どもが1体で、このうち男性の平均身長は1メートル60センチあまりと、「グスク時代」より前の時代と比べて大きいということです。 「グスク時代」の人骨が1か所からこれだけまとまって見つかるのは珍しく、このガマは墓として利

        今帰仁村の自然洞窟からグスク時代の人骨26体見つかる|NHK 沖縄県のニュース
      • 欧州最古の戦場跡、謎の遺物31点を発見、ドイツ

        星の模様があしらわれた、ベルトに取り付ける容器。3200年前のトレンゼ川渓谷の戦場跡でまとまって発見された31点の青銅器遺物の1つ。(PHOTOGRAH BY J. KRÜGER, UNIVERSITY OF GREIFSWALD) 北ドイツ、トレンゼ川渓谷に沿った数キロもの範囲で、1997年以来、考古学者たちが発掘を続けている。見つかるのは、紀元前1200年ごろにこの川岸で戦って死んだ人々の遺骨や遺物だ。これまでに武器や1万2000点もの人骨が見つかり、人骨はほとんどが健康な若い男で、140人を超える人のものと確認された。戦いに参加した人数は数千に及び、おそらく1日で終わったと考えられている。青銅器時代では圧倒的なスケールの戦闘だった。 より古い時代にヨーロッパで大規模な戦いがあったという記述は、ギリシャやエジプトなどに残されている。しかし、そうした戦場の遺跡は見つかっていない。トレン

          欧州最古の戦場跡、謎の遺物31点を発見、ドイツ
        • NスペPlus 「ご飯」は健康長寿の敵か?味方か?

          日本人の主食として長年親しまれてきた「ご飯」。しかし、最近の低糖質ダイエットブームの中で、糖質が多いご飯は「肥満のもと」とされ、“ご飯抜きダイエット”も流行している。一方、「糖質を極端に減らすと死亡リスクが高まる」という研究データも続々と発表されている。果たして、ご飯は健康長寿の敵なのか、味方なのか?最新研究から「ご飯」の真実を解き明かす。 古代人類の主食は肉ではなかった!? アメリカでは今、「パレオダイエット」と呼ばれる、肉食中心のダイエット法が人気を集めている。パレオとは石器時代のこと。「石器時代は人類は狩りをし、肉を主食にしていたので、私たちの体は肉が主食の生活に適応しているはず」という考えが基になっている。 しかし最近、そのような定説を覆す大発見があった。バルセロナ自治大学のカレン・ハーディ博士は、石器時代の祖先の骨の化石を調査し、祖先が何を食べていたのかを解明した。ハーディ博士が

            NスペPlus 「ご飯」は健康長寿の敵か?味方か?
          • 「邪馬台国はどこにあったのか」 考古学界で優位の近畿説に反論 九州説の「逆襲」相次ぐ理由は | 毎日新聞

            纒向遺跡の大型建物跡(手前)。奥は箸墓古墳=奈良県桜井市で2018年5月14日午前11時13分、本社ヘリから三村政司撮影 中国の歴史書「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」に登場する邪馬台国は、女王卑弥呼(ひみこ)の存在とともに多くの歴史ファンを魅了してきた。しかし、「邪馬台国がどこにあったのか」という最大の謎については、江戸時代以来、論争が続く。大きくは九州説と近畿(畿内)説の二つに分かれる中、近年になって相次いでいるのが九州説を唱える書籍の出版だ。考古学界では近畿説が圧倒的優位に立つ中、なぜ九州説の「逆襲」ともいえる状況が生まれているのか。【西部学芸グループ・上村里花】 「『九州説ですか』と聞かれた時は『7割は九州説、3割が近畿説』と答えている」。昨年12月に「続・邪馬台国論争の新視点」(雄山閣)を出版した福岡県小郡市埋蔵文化財調査センター所長の片岡宏二さん(考古学)は、邪馬台国の所在地につ

              「邪馬台国はどこにあったのか」 考古学界で優位の近畿説に反論 九州説の「逆襲」相次ぐ理由は | 毎日新聞
            • マヤ文明のエリート外交官の栄華と没落が発掘調査により明らかに

              西暦726年頃にマヤ地域で外交官として活躍した人物は、高い地位に就いていたことから一定の幸福が約束されていたと考えられていました。しかし、新たな研究によって、高い地位の外交官であっても壮絶な人生を送るケースがあったことが示唆されました。 The Life Course of a Standard-Bearer: A Nonroyal Elite Burial at the Maya Archaeological Site of El Palmar, Mexico | Latin American Antiquity | Cambridge Core https://www.cambridge.org/core/journals/latin-american-antiquity/article/abs/life-course-of-a-standardbearer-a-nonroyal-el

                マヤ文明のエリート外交官の栄華と没落が発掘調査により明らかに
              • 3100年前の土器片に「士師記」関連の文字 イスラエルで出土

                【7月13日 AFP】イスラエル南部のキリヤットガット(Kiryat Gat)市近郊の遺跡でこのほど、約3100年前の土器片が出土した。 キルベット・エル・ライ遺跡(Khirbat er-Rai)で見つかった紀元前1100年頃の土器片には、カナン語で「Jerubbaal」とインクで書かれていた。旧約聖書の士師記の時代のもので、こうした発見は初めてだという。 土器片は、ヘブライ大学(Hebrew University of Jerusalem)、イスラエル考古学庁(IAA)、豪マッコーリー大学(Macquarie University)による発掘調査で見つかった。(c)AFP

                  3100年前の土器片に「士師記」関連の文字 イスラエルで出土
                • 海底で見つけた元寇船を引き揚げたら「軍事編成の研究できる」…弘安の役750年向け研究者意欲

                  【読売新聞】  元寇 ( げんこう ) の舞台として知られる長崎県松浦市・鷹島沖の鷹島海底遺跡での発掘調査について、国学院大の池田 栄史 ( よしふみ ) 教授(水中考古学)による成果報告会が島内で開かれた。昨年10月に海底で確認し

                    海底で見つけた元寇船を引き揚げたら「軍事編成の研究できる」…弘安の役750年向け研究者意欲
                  • 気候変動による干ばつで、3400年前の古代都市が再び出現…イラク、チグリス川で

                    水没していた青銅器時代の建造物が、干ばつにより川の水位が下がったことで姿を現した。 Universities of Freiburg and Tübingen, KAO 極度の干ばつでチグリス川の水位が下がり、約3400年前の都市が出現した。 イラクはここ数カ月の間、気候変動による干ばつに見舞われている。 考古学者たちは、気候変動によって露出したり破壊されたりした遺物の保存を急いでいる。 気候変動が引き起こした深刻な干ばつによってイラクの青銅器時代の古代都市が姿を現し、これによって調査する機会が得られたと研究者らが2022年5月30日に発表した。 イラクのクルディスタン地方では、2021年12月にこの地域を襲った干ばつから農作物を守るために、チグリス川の貯水場から大量の水が汲み上げられた。そのため水位が下がり、川沿いにある3400年前の古代都市の建造物が再び姿を現した。 国連によると、イラ

                      気候変動による干ばつで、3400年前の古代都市が再び出現…イラク、チグリス川で
                    • 猫はなぜ人間と暮らすのか? 日本と中国、どっちから来た?(NEWS ポストセブン) - Yahoo!ニュース

                      今では家族の一員として迎えられている猫だが、もともとは野生の動物。どのように人間と出会い、一緒に暮らすようになったのか。また、日本にはいつ頃からいるのか──今回は、猫と人間の歴史をひもとく。 【別写真】古墳群から発見された猫の足跡つき須恵器

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                      • 考古学が明らかにした第一次世界大戦の塹壕遺跡

                        第一次世界大戦のヨーロッパを大きく動かした塹壕戦。写真は、1916年のソンムの戦いで、フランスのウヴィレ・ラ・ボワセルに作られたドイツ軍の塹壕を占拠したイギリス兵。(PHOTOGRAPH BY SHAWSHOTS, ALAMY) 第一次世界大戦は、世界の国々を巻き込んだ初の大規模な戦争となった。工業化時代の戦いでは、航空機、戦車、機関銃、手榴弾、毒ガスといった新技術が投入され、人類が経験したことがない大惨事を引き起こすこととなった。 1914年から1918年の間で、800万人以上の兵士と600万人以上の民間人が亡くなったとされている。犠牲者の数そのものが驚くべき多さだが、考古学者のビルガー・スティヒェルバウト氏は、この戦争でヨーロッパの地形がいかに変わったかを示す数字にも驚きを隠せなかった。例えば、ベルギーに張られた前線680キロメートルのうち60キロの区間には、全部合わせれば4900キロ

                          考古学が明らかにした第一次世界大戦の塹壕遺跡
                        • 1600年前のモザイク画、シリアで発見 トロイ戦争の描写も

                          【10月13日 AFP】シリアは12日、1600年前の古代ローマ時代に作られたモザイク画を公開した。トロイ戦争(Trojan War)の戦士の姿も描かれており、極めて珍しいという。 モザイクが見つかったのは、2018年に政府が反体制派から奪還した中西部ホムス(Homs)県ラスタン(Rastan)。同地では考古学的発見が相次いでいる。 発掘の責任者で文化財当局の考古学部門トップ、ハマム・サード(Hammam Saad)氏によると、モザイクには剣と盾を持った戦士が描かれており、トロイ戦争に参加した古代ギリシャの英雄たちの名前もあった。 「この種のものとして最古ではないが、最も完全かつ希少なものだ」「(シリアに)同じようなモザイクはほかにない」とサード氏は話した。 これまでに建物の下から発掘されたのは縦約6メートル、幅約20メートルのモザイク画。これ以外にも埋もれているとみられている。 シリアに

                            1600年前のモザイク画、シリアで発見 トロイ戦争の描写も
                          • ローマ時代の剣とやり、砂漠の洞窟で発見 イスラエル

                            【9月8日 AFP】イスラエルの考古学チームは6日、ユダヤ砂漠(Judean Desert)の洞窟内で発見された約1900年前のローマ時代の剣4本とやり1本を公開した。 2世紀にユダヤ人がローマ帝国に対して起こした「バル・コクバ(Bar Kokhba)の乱」の際に使用されたものと考えられる。 イスラエル考古学庁(IAA)のエイタン・クレイン(Eitan Klein)氏は会見で「イスラエルでかつてない大発見」と紹介。「ユダヤの反乱軍がローマ軍から戦利品として奪ったか、あるいは戦場で回収し、将来の戦闘で使用するために洞窟に隠したと推測される」と述べた。 これらの武器は6月に、洞窟内の鍾乳石の壁に深く食い込んだ状態で発見された。剣は木と革でできたさやで守られていた。 クレイン氏は略奪を恐れて正確な発見場所については言及しなかったが、イスラエル領内のエンゲディ(Ein Gedi)自然保護区の近隣地

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                            • 乳房描かれた弥生土器 「卑弥呼誕生の歴史分かる資料」:朝日新聞デジタル

                              奈良県田原本町と天理市にまたがり、弥生時代の集落跡と墓跡が確認された清水風(しみずかぜ)遺跡で、胸に乳房が表現された女性とみられる人物の刻まれた土器片(紀元前1世紀ごろ)がみつかった。町教育委員会が9日発表した。乳房が表現された弥生時代の絵画土器の発見は初めて。この女性を霊的な力を持つシャーマン(宗教的職能者)とする見方もあり、農耕祭祀(さいし)での女性の役割を探る貴重な資料として注目される。 町教委によれば、土器片は最大幅16センチ、高さ12センチで、大形甕(かめ)の口から胴にかけての部分とみられる。5~6月に約40平方メートルを調査し、弥生中期の川跡から出土した。両手を広げ、手の指は5本。顔に目と鼻、口、まゆ毛、羽のような袖や二つの乳房も表現されている。 弥生土器に描かれた人物画は全国で40件余り確認され、うち両手を広げた(挙げた)人物は複数みつかっている。両手を広げる姿は魂に活力を与

                                乳房描かれた弥生土器 「卑弥呼誕生の歴史分かる資料」:朝日新聞デジタル
                              • 「縄文はもう古い」!? 愛知県埋蔵文化財センター・樋上昇さんによる「YAYOIモダンデザイン展」の見どころ解説

                                愛知県陶磁美術館 にて12/13まで開催中の「YAYOIモダンデザイン展」https://www.pref.aichi.jp/touji/exhibition/2020/t_yayoi/index.htmについて、企画者である愛知県埋蔵文化財センター・樋上昇さんによる解説連投をトゥギャりました。

                                  「縄文はもう古い」!? 愛知県埋蔵文化財センター・樋上昇さんによる「YAYOIモダンデザイン展」の見どころ解説
                                • 「ひかり拓本」アプリ完成、風化した石碑の文字・模様がくっきり浮かび上がる…奈文研など開発

                                  【読売新聞】 風化した石碑に光を照射するなどして文字や文様を浮かび上がらせる技術「ひかり拓本」のアプリが完成した。奈良市の奈良文化財研究所などが開発し、アプリ化の資金を募ったクラウドファンディング(CF)で目標額を達成。専門の技術を

                                    「ひかり拓本」アプリ完成、風化した石碑の文字・模様がくっきり浮かび上がる…奈文研など開発
                                  • 国内最古か ほ乳類の化石発見 “報告の無い種” 福井 大野 | NHKニュース

                                    福井県大野市で見つかった化石がほ乳類としては国内で最も古い化石の可能性があり、これまでに報告されたことの無い種類とみられることがわかりました。 調査した福井県立恐竜博物館は「恐竜が生きた時代のほ乳類の多様性を示す貴重な資料だ」としています。 福井県立恐竜博物館によりますと、この化石は、大野市の山の中にある1億2700万年前の白亜紀前期の地層でおととし6月に見つかりました。 長さ13.1ミリ、高さ5.8ミリの3本の歯が残る下あごの化石で、福井県立恐竜博物館で詳しく調査を行いました。 その結果、3つの突起が並ぶ歯の形や、は虫類からほ乳類への進化の段階で見られる下あごの溝が確認されたことから、体長16センチから17センチほどの原始的なほ乳類「真三錐歯類」とわかったということです。 博物館によりますと、ほ乳類の化石は石川県白山市の1億3000万年から1億2100万年前の地層で見つかったものが国内で

                                      国内最古か ほ乳類の化石発見 “報告の無い種” 福井 大野 | NHKニュース
                                    • 古代エジプトの木造船移送 4600年前の遺物、新博物館へ:時事ドットコム

                                      古代エジプトの木造船移送 4600年前の遺物、新博物館へ 2021年08月07日20時53分 古代エジプトの「太陽の船」を運搬する特別車両(エジプト観光・考古省提供) 【カイロ時事】約4600年前のエジプト古王国時代のクフ王のものとされる木造船が、首都カイロ近郊ギザで建設中の「大エジプト博物館(GEM)」へ移送された。エジプト観光・考古省が7日、明らかにした。 地中海に沈む古代都市から軍用船と葬祭殿の遺物 エジプト考古省 木造船は「太陽の船」と呼ばれ、1954年にクフ王のピラミッド近くの穴で発見。全長約42メートル、幅約6メートルの当時の状態に復元され、ピラミッド近くの博物館で一般公開されていた。王が死後に天空を移動するための埋葬品と考えられているが、正確には解明されていない。 観光・考古省は「移送は最も複雑な考古学的プロジェクトの一つ」と説明。脆弱(ぜいじゃく)な大型船を解体せずにそのま

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                                      • 皇室スケッチ:日本最大の古墳は呼称がばらばら その理由とは | 毎日新聞

                                        大阪府の百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群が2019年7月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録されてから今月で4年となった。中心的な古墳は堺市にある日本最大の前方後円墳(5世紀築造、墳丘長486メートル)。中学の歴史教科書に必ず掲載されるような存在だが、複数の名称があり、統一されていない。その背景は――。 被葬者は未確定のまま 同古墳群は堺、羽曳野、藤井寺の3市にある49基の古墳で構成され、うち29基は宮内庁が皇室の祖先の墓やその可能性がある場所として管理する陵墓だ。宮内庁は日本最大の前方後円墳の名称を、第16代天皇としている仁徳(にんとく)天皇の「百舌鳥(もずの)耳原中陵(みみはらのなかのみささぎ)」としており、「仁徳天皇陵」と呼ぶこともある。 ただ、この古墳が造られた時代には天皇の称号はなかった。仁徳天皇の名は奈良時代に付けられたもので、百舌鳥耳原中陵という呼称は

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                                        • https://curiosity-z.rairi.xyz/entry/Lines_and_Geoglyphs_of_Palpa

                                            https://curiosity-z.rairi.xyz/entry/Lines_and_Geoglyphs_of_Palpa
                                          • 青銅器時代の宝物庫から隕石を使った宝飾品が発見される

                                            スペイン東部の都市・ビリェーナで1963年に発見された金や銀などを材料とするティアラや指輪、ブレスレットなどの宝飾品は「ビリェーナの財宝」として知られています。このうちの2つの宝飾品に、地球外から飛来した隕石(いんせき)に含まれる鉄が使用されていることが明らかになりました。 Vista de ¿Hierro meteórico en el Tesoro de Villena? | Trabajos de Prehistoria https://tp.revistas.csic.es/index.php/tp/article/view/929/1110 Strange Metal From Beyond Our Planet Found in Ancient Treasure Stash : ScienceAlert https://www.sciencealert.com/strange-

                                              青銅器時代の宝物庫から隕石を使った宝飾品が発見される
                                            • 古墳じゃなくて経塚だった 下諏訪「ふじ塚古墳」経文記した石出土 | 信濃毎日新聞[信毎web]

                                              30年以上、古墳とされてきたが実は…。諏訪郡下諏訪町社の「ふじ塚古墳」が、経文を記した石を埋納した中近世の経塚だったことが30日、県埋蔵文化財センター(長野市)の発掘調査で分かった。周辺には古墳時代後期の円墳が点在、1986(昭和61)年時点で町は古墳と見なしていた。今回、手のひらサイズの平たい石に1字ずつ経文が書かれた「経石」がまとまって出土。富士山を望める立地から、富士山信仰との関わりも指摘されている。 直径約10メートルの円形の盛り土で、諏訪湖を見下ろす標高約830メートルにある。国道20号下諏訪岡谷バイパス建設に伴いセンターが9月から調査。経石は出たが、古墳の痕跡や古墳時代の遺物は出ていない。 センターによると、一緒に見つかった陶磁器のかけらなどから、戦国時代から江戸時代に築かれたとみられる。1733(享保18)年に高島藩の5代藩主、諏訪忠林(ただとき)(1703〜70年)が領内を

                                                古墳じゃなくて経塚だった 下諏訪「ふじ塚古墳」経文記した石出土 | 信濃毎日新聞[信毎web]
                                              • 350万年前の地層から見つかった化石のチョウ 新種と判明 群馬 | NHK

                                                群馬県内のおよそ350万年前の地層から見つかった化石のチョウが、はねや触角の特徴などから新種とわかりました。柔らかい体の構造をしているチョウが化石として残るのは極めて珍しく、チョウの進化を考える上でも貴重な資料として注目されます。 群馬県内にあるおよそ350万年前の「鮮新世」と呼ばれる時代の地層から40年ほど前に見つかっていた3センチほどのチョウの化石について、高性能の顕微鏡で詳細に調査したところ、はねや触角の特徴などから、新種であることが判明しました。 チョウは体の構造が柔らかく、水中に沈みにくいことなどから、植物や貝にくらべて化石として残りにくく、世界でこれまでに報告された成虫のチョウの化石はわずか60個余りとされ、新種のチョウの化石が日本から見つかったのは今回が初めてだということです。

                                                  350万年前の地層から見つかった化石のチョウ 新種と判明 群馬 | NHK
                                                • 「4000年前のボードゲーム」が考古学チームにより発見される。オマーン北部において、謎の塔とともに出土 - AUTOMATON

                                                  ホーム ニュース 「4000年前のボードゲーム」が考古学チームにより発見される。オマーン北部において、謎の塔とともに出土 ある考古学調査において、「4000年前のボードゲーム」が発掘されていたようだ。調査の内容は今年1月の頭に公表。1月26日には海外メディアArs Technicaが取り上げたことで、一般読者からも注目を集めることになった。 今回の発見があったのは、北オマーンに位置するQumayrah渓谷。オマーンとポーランドの合同プロジェクト「青銅器時代と鉄器時代のオマーン北部の山岳地帯における集落の発展」により調査がおこなわれた。チームを率いていたのは、ワルシャワ大学・地中海考古学ポーランドセンター(PCMA UW)のPiotr Bieliński教授と、オマーン国遺産観光省の古代遺物局長、Sultan al-Bakri博士である。プロジェクトは、北Hajar地域を調査し、これまで研究

                                                    「4000年前のボードゲーム」が考古学チームにより発見される。オマーン北部において、謎の塔とともに出土 - AUTOMATON
                                                  • 古代のコンピュータ「アンティキティラ島の機械」はいつごろ作られたものなのか?

                                                    by National Archaeological Museum,Athens,Greece 最古の複雑な科学計算機と知られる「アンティキティラ島の機械」は、紀元前に誕生したとされるにもかかわらず、18世紀の時計と比較しても遜色ない程の構造を持っています。時代背景とはそぐわない技術や見識を含んだオーパーツと呼ばれる最古のコンピュータはいつごろ作られたのかという研究論文が、2022年3月にギリシャの研究者チームによって発表されました。 [2203.15045] The Initial Calibration Date of the Antikythera Mechanism after the Saros spiral mechanical Apokatastasis https://arxiv.org/abs/2203.15045 Researchers home in on possi

                                                      古代のコンピュータ「アンティキティラ島の機械」はいつごろ作られたものなのか?
                                                    • ダビデの敵ゴリアテも、ペリシテ人のルーツを解明

                                                      2016年に今日のイスラエル南部にあたるアシュケロンの遺跡で古代ペリシテ人の共同墓地が発見されたのを機に、新しいDNA研究が始まった。 古代ペリシテ人のDNAが初めて分析され、旧約聖書に登場するイスラエル人最大の敵とも言える民族のルーツとその末路について、かつてない発見があった。7月3日付けの学術誌「Science Advances」誌に論文が発表された。 イスラエル人であるヘブライ語聖書(旧約聖書)の作者たちは、ペリシテ人は自分たちとは違うと断言している。ヘブライ語聖書の数カ所で、この「割礼を受けていない」人々は「カフトルの地(クレタ島)」からやってきて、現在のイスラエル南部とガザ地区の沿岸部を支配したとされる。彼らは隣りの地に住むイスラエル人と戦争をし、イスラエル人が大切にしている「契約の箱」(モーセの十戒が刻まれた石板を納めた箱、「アーク」とも)を奪うことさえした。(参考記事:「ノア

                                                        ダビデの敵ゴリアテも、ペリシテ人のルーツを解明
                                                      • 2500年前の「バビロン最後の王」により記された碑文を発見 - ナゾロジー

                                                        サウジアラビア北部にある玄武岩に、バビロン最後の王・ナボニドゥス(Nabonidus)の名で書かれた碑文が発見されたと、サウジアラビア観光・国家遺産委員会(SCTH)が今回発表しました。 碑文は約2550年前のもので、5つのシンボルと長文の楔形文字が彫刻されています。 この文章が何を意味しているのかは、まだ明らかになっていないとのことです。 Cuneiform inscription from last king of Babylon discovered in Saudi Arabia https://www.livescience.com/longest-cuneiform-inscription-last-babylon-king-saudi-arabia.html Inscriptions from mid 6th century B.C. found in Saudi Arabi

                                                          2500年前の「バビロン最後の王」により記された碑文を発見 - ナゾロジー
                                                        • 1800年前の鎖かたびら、ゲーム用3DCG技術でリアルに復元

                                                          約1800年前の現在のデンマークで、戦いに勝った後、神に捧げるため沼に投げ込まれた重さ10キロの鎖かたびら。「ヴィーモーセ・コート」と呼ばれている。(PHOTOGRAPH BY M.A. WIJNHOVEN) 西暦200年頃、現在のデンマークのどこかで、地位の高いゲルマン人戦士が討ち死にした。戦いが終わると勝利者は、2万個近い小さな鉄の輪をつないだ貴重な鎖かたびらをその戦士から剥ぎ取った。そして、勝利に感謝して、神への生け贄として沼に投げ込んだ。(参考記事:「古代の蛮族ゲルマン軍、数倍規模か、定説覆す発見」) 「ヴィーモーセ・コート」と呼ばれる重さ約10キロのこの鎖かたびらは、19世紀後半、デンマークのヴィーモーセ近郊で考古学者によって発見された。沼の中が低酸素だったおかげで、保存状態はほぼ完ぺきだ。(参考記事:「有名なバイキング戦士、実は女性だった」) 投げ入れられてから1800年以上が

                                                            1800年前の鎖かたびら、ゲーム用3DCG技術でリアルに復元
                                                          • 紀元前1100年頃に消滅した都市「デイル・アラ」で使用されていた古代文字とは?

                                                            1964年、ヨルダン渓谷で青銅器時代の寺院を調査していたライデン大学の考古学者・ヘンク・フランケン氏らのチームによって、古代文字が書かれた粘土板が発見されました。 ANE TODAY - 202101 - The Enigmatic Tablets from Late Bronze Age Deir ‘Alla - American Society of Overseas Research (ASOR) https://www.asor.org/anetoday/2021/01/enigmatic-tablets フランケン氏らはヨルダン渓谷の中心、デイル・アラと呼ばれる地域で発掘調査を行っていました。デイル・アラには紀元前1200年頃の住居や寺院などが残されており、フランケン氏らはそこで儀式用の器やうろこ状のよろい、エジプト第19王朝の女王からの贈り物など、さまざまな遺物を発見しました。

                                                              紀元前1100年頃に消滅した都市「デイル・アラ」で使用されていた古代文字とは?
                                                            • スペインの洞窟で見つかった6000年前のサンダル、欧州最古の靴

                                                              スペインの洞窟で見つかったサンダルが欧州で発見された靴のうち最古のものであることがわかった/Martínez-Sevillaet al.,Sci. Adv (CNN) 先月27日に科学誌「サイエンス・アドバンシス」に掲載された研究結果によると、新たな分析によって、これまでに欧州で発見された靴のうち最古のものが特定された。 スペインのバルセロナ自治大学とアルカラ大学の研究者らが主導した研究では、放射性炭素年代測定法による分析の結果、繊維で編んだサンダル22点が6000年前のものであることが判明した。 この古代の履物が、中石器時代のかごやその他の道具とともに初めて発見されたのは、スペイン南部の洞窟が鉱山労働者によって略奪された1857年。だが1970年代にこれら遺物の年代が初めて測定された時は、今回の最新分析よりも約1000年新しいものだと特定された。 研究者らによれば、非常に乾燥した洞窟内は

                                                                スペインの洞窟で見つかった6000年前のサンダル、欧州最古の靴
                                                              • 古代エジプトの都市遺構発見 ツタンカーメン時代“ポンペイ級”か | 毎日新聞

                                                                エジプトの考古学専門家による発掘チームは8日、同国南部ルクソールのナイル川西岸で3400年以上前に造営された古代都市の遺構が出土したと発表した。古代エジプトの新王国時代最盛期とされるアメンホテプ3世や少年王ツタンカーメンが統治した当時のものという。ロイター通信は、古代の生活ぶりなどを今に伝える「極めて重要な発見」とする米国専門家の声を伝えている。 エジプトの元文化財担当国務相のザヒ・ハワス博士率いるチームの発表によると、今回の遺構は、新型コロナウイルス禍の中で昨年9月に始めた発掘作業で見つかった。当初はツタンカーメンの葬祭殿を探していたという。

                                                                  古代エジプトの都市遺構発見 ツタンカーメン時代“ポンペイ級”か | 毎日新聞
                                                                • 古代マヤ、大噴火の後にピラミッド建設、復興の象徴か

                                                                  中米エルサルバドルにあるマヤ文明のピラミッド(写真手前)。発掘調査により、1500年前のイロパンゴ火山噴火との驚くべき関係が明らかになった。(COURTESY OF AKIRA ICHIKAWA) 今からおよそ1500年前、現在の中米エルサルバドルにあるイロパンゴ火山が史上最大級の噴火を起こし、膨大な量の火山灰や軽石を噴出させた。これらは麓の谷を覆い尽くしただけでなく、広範囲に広がり、北半球の寒冷化を引き起こしたとみられる。 この大噴火によって噴出した火山灰は「ティエラ・ブランカ・ホーベン(若い白土)」と呼ばれ、古代マヤ文明の一時的な衰退を促したと考えられてきた。しかし、9月21日付けで学術誌「Antiquity」に発表された論文は、一概にそうは言えないことを示唆している。噴火後、火口からわずか40キロほど離れた地域で、これまで考えられていたより早い時期に、大型のピラミッドが建設されたとい

                                                                    古代マヤ、大噴火の後にピラミッド建設、復興の象徴か
                                                                  • 考古学における画期的発見、吉備真備直筆の書が北京で公開_中国国際放送局

                                                                    日本の遣唐使で、奈良時代の高級官僚である吉備真備(きびのまきび、695-775)の筆跡とされる書が25日、北京で公開されました。北京にある「文物出版社」と筆跡の書かれた墓誌を収集した「望野博物館」(深セン)が共同主催した記者会見で発表しました。 発表会の様子 ■日本人直筆の「日本国」としては最古の書 筆跡は734年(唐玄宗皇帝、開元22年)6月、52歳で洛陽で逝去した官僚で、外国からの留学生や使節の接待などをつかさどった役所である「鴻臚寺」の丞(現代でいう「秘書長」)を勤めた李訓の墓誌に残されています。328文字の墓誌の落款には、「日本国朝臣備」の文字がくっきりと読み取れます。古代日本人の直筆による「日本国」の文字としては、最古の記録とされています。また、遣唐使ゆかりの遺物の中では、吉備真備が最も高い官職の人物であったと見られています。 望野博物館・閻焔館長 2013年、深センにある民間博

                                                                    • 3200年前のエジプトの石板にはピラミッド建設の労働者の「仕事をサボる言い訳」が書き連ねられている

                                                                      大勢の集団で仕事をする時、同じ仕事をするメンバーの中に仕事をサボる者が現れることがよくあります。紀元前1250年にエジプトでピラミッドを建設する時も仕事をサボる労働者がいたことを、当時のピラミッド建設チームの石板が記しています。 ostracon | British Museum https://www.britishmuseum.org/collection/object/Y_EA5634 3,200-Year-Old Egyptian Tablet Records Excuses for Why People Missed Work: "The Scorpion Bit Him," "Brewing Beer" & More | Open Culture https://www.openculture.com/2022/02/3200-year-old-egyptian-tablet-

                                                                        3200年前のエジプトの石板にはピラミッド建設の労働者の「仕事をサボる言い訳」が書き連ねられている
                                                                      • 東アジア最古の彫刻か、10万年以上前、作者は謎

                                                                        中国東部で最近出土した、刻線模様が彫られた親指ほどの大きさの2つの骨片のうちの1つ。これまで東アジアで最古とされていた抽象的な刻線模様よりも、さらに数万年さかのぼる。(PHOTOGRAPH BY FRANCESCO D’ERRICO & LUC DOYON) 今から10万年以上前、現在の中国東部にあたる地域で、ある古代の人類が、動物の骨に模様を彫り込もうと考えた。その彫刻家は、日光にさらされて硬くなった肋骨のかけらを選んで、7本のほぼ平行な線を刻み込み、鮮やかな黄土色の顔料を塗りつけて目立たせた。 この小さな骨片に刻まれた直線が今、古人類学者の間に波紋を広げている。意図的に彫られた抽象的な線としては、東アジアで最古の可能性があるからだ。7月8日付けで学術誌「Antiquity」に発表された論文の内容が確かなら、これまで6万年前とされていた記録が打ち破られたことになる。 彫刻の作者がヒトの系

                                                                          東アジア最古の彫刻か、10万年以上前、作者は謎
                                                                        • アルプスの氷河融解がもたらす考古遺物の山、研究は時間との闘い

                                                                          スイス・ベルニーズアルプスのシュニデヨッホで発見された、靱皮(じんぴ)繊維で作られたひものかご。スイス・ベルンで(2020年10月6日撮影)。(c)Fabrice COFFRINI / AFP 【11月15日 AFP】道具作りに必要な水晶を求め、一行は山の急斜面を登り、アルプスの氷河を必死にわたって、ようやくその鉱脈を見つけた──。約9500年前の中石器時代の狩猟採集民らの痕跡が発見され、考古学者らは、このような推論を導き出した。 過去数十年の間に氷河の融解は急速に進んだ。その影響からこうした貴重な遺物が数多く発見されるようになり、「氷河考古学」という新たな研究分野を誕生させた。 ■画期的な発見 威圧的にそびえ立つ山々に先史時代の人々が近づくことはなかった──1990年代の前半までは、このような考え方が広く浸透していた。 だが融解する氷の中から出現する遺物の数々が示唆しているのは、アルプス

                                                                            アルプスの氷河融解がもたらす考古遺物の山、研究は時間との闘い
                                                                          • 2千年前の印章に「聖書の木」 イスラエル

                                                                            2000年前のアメジストの印章。鳥と枝が確認できる。エルサレム旧市街で(2021年10月21日撮影)。(c)MENAHEM KAHANA / AFP 【10月22日 AFP】エルサレム旧市街(Old City)にある「嘆きの壁(Western Wall)」の基礎部分から、2000年前のアメジストの印章が見つかった。 都市遺跡「ダビデの町(City of David)」の北側で見つかった印章には、鳥と枝の模様が彫られていた。枝は、聖書でバルサムの木として登場する植物のものを表しているとみられる。この植物の模様が施された印章が見つかるのは世界初と考えられるという。(c)AFP

                                                                              2千年前の印章に「聖書の木」 イスラエル
                                                                            • 2600年手付かずの古代帝国レリーフを発見、ISが破壊した現場から

                                                                              イラク、モスル近郊にあるニネベ遺跡のマシュキ門で、約2600年前からだれの目にも触れてこなかった石板のレリーフからそっと土を払う、イラクと米国の合同考古学チームのメンバー。(PHOTOGRAPH BY ZAID AL-OBEIDI, AFP/GETTY) 過激派組織「イスラム国」(IS)が破壊した古代遺跡を調査していたイラクと米国の合同チームが、約2600年もの間だれの目にも触れてこなかった見事な芸術作品を発見した。 見つかったのは、精巧な浮き彫りが施された7枚の石板。もとはイラク北部の古代都市ニネベの南西宮殿に使われていたもので、新アッシリア帝国の王センナケリブ(在位紀元前705〜681年)の時代に作られたと考えられている。「まったく予想外の発見でした」と、イラク、モスル大学考古学部の元学部長で、発掘チームの一員であるアリ・アル=ジャブーリ氏は言う。 「革命的」な作品 英国の大英博物館に

                                                                                2600年手付かずの古代帝国レリーフを発見、ISが破壊した現場から
                                                                              • このタイプのオーディオデッキが「90年代に流行ったもの」として博物館で展示されていたが、もうそんなに経つのか…「親の車についていた」「今でも現役」

                                                                                アップガレージ京都八幡店【公式】 @upg_kyotoyawata このタイプのオーディオが90年代に流行ったものとして博物館で展示されてたんですよね。 もう博物館で展示されるものなのかとギャップを感じました。 pic.twitter.com/L0sjLlFTsJ 2022-08-02 23:01:32

                                                                                  このタイプのオーディオデッキが「90年代に流行ったもの」として博物館で展示されていたが、もうそんなに経つのか…「親の車についていた」「今でも現役」
                                                                                • 最新テクノロジーを駆使した「ゲーム考古学」のアプローチ

                                                                                  マシンビジョン、人工知能(AI)、データマイニングなどの手法を駆使して古代のゲームについて研究する「ゲーム考古学」と呼ばれる学問分野が、新たに立ち上がりつつある。ゲームに関連する情報の単位である「ルディーム」を用いて、古代ゲームのルールを再構築し、現代のゲームにつながる「ゲームの進化系統樹」を作成することを目指す。 by Emerging Technology from the arXiv2019.06.26 87 76 25 2 1238年、中世スペインのカスティーリャ王国の国王であるアルフォンソ10世は、『Libro de los Juegos(ゲームの本)』という学術書を発行した。この本は97ページの羊皮紙でできており、その多くに美しいカラーのイラストが描かれている。また同書は、チェス、サイコロゲーム、バックギャモンといったゲームに関する最古の記述を含んでいる。 アルフォンソ10世は

                                                                                    最新テクノロジーを駆使した「ゲーム考古学」のアプローチ