最近日本列島改造論が日刊工業新聞によって復刻販売された。 50年前に田中角栄によって発刊された本著はこれからの国家のあり方がどうなっていくべきかというビジョンをあらゆる角度から記載している。 まず内容について簡単に要約した上で、今の時代と答え合わせしてみたい。 日本列島改造論で描かれた内容日本列島改造論は、高度成長の中で生じた都市部の過密問題及び農村部の過疎問題、公害問題等を背景として、これらを同時に解決する政策の方向性を打ち出している。また、こうした経済成長に伴う社会の歪みを踏まえ、これからは「成長追求型」ではなく「成長活用型」の経済を目指すとして、社会福祉政策の充実や、国際社会での地位向上なども掲げている。 具体的には 工業地帯の地方都市整備による人口の地域分散化 新幹線網や道路網の整備による移動圏の拡大 工場への公害防止装置設置の義務付け 電力需要の増加に対して公害を低減する原発の設
24年前の事です。 当時はインターネットバブル(この時は「バブル」ではなく「ブーム」と呼ばれていました。)の真っただ中で、2000年3月にナスダック総合指数は史上最高値、5,048ポイントをつけました。しかし、4月に入るとバブルは弾け、雰囲気は一転。底なし沼のように下落。結局ナスダック指数は2002年に1,100ポイントの底値を付け、インターネットバブルは終わった、と言われました。(ナスダック指数が5,048ポイントの高値を更新するのはそれから13年たった2015年の事です。) 当時、海外ビジネススクール出身者で自然発生的に情報交換のグループを作る動きがあり、私もそのメンバーの1人でした。グループ内で当時サービスが始まったばかりのメーリングリストを作り、お互い情報のやり取りを行っていました。 2000年12月にそのメンバーの一人、Iさん(現早稲田大学ビジネススクール教授)の御自宅でホームパ
江橋 崇(法政大学法学部教授) 日本国憲法の「国民の義務」を「市民の権利」に読み替えようというわたしたちの提案には、さまざまなリアクションがある。どこかで、人々を刺激する内容をもっているのだと思う。無視されっぱなしでなくて良かった。 ところで、日本国憲法には、いつ、「国民の義務」の規定が加わったのか。私たちを批判する人たちは、天地開闢以来の不易の規定のような考え方であるけど、本当にそうなのか。この際、日本国憲法制定の経緯を紹介しておきたい。 1)日本国憲法の原案を作成したGHQは、憲法に「国民の義務」を書き込むことに消極的であった。市民の義務(obligation)は、わずかに二個の条文に登場するだけである。すなわち、原案第一一条に、「この憲法が宣言する自由、権利及び機会は、市民の絶え間ない警戒によって維持されるものであり、又、市民に、その濫用を防止し、常に共同の利益のために使用する義務を
イスラエルのネタニヤフ首相がホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺)は当時のパレスチナ人指導者のせいで起きたと発言したことに対して、ドイツのメルケル首相は21日、ナチスの責任だとドイツ人は「はっきり認識している」と反論した。 メルケル首相は、毎年恒例の首相会談のためにベルリンを訪れたネタニヤフ首相と会談後、共同会見し、「ショーア」(ホロコースト)がナチス・ドイツによるものだったという認識は今後も、学校などを通じて次の世代に引き継いでいかなくてはならないと述べ、「この問題について歴史認識を変える必要性を感じていない。われわれはドイツとして『ショーア』に対する自分たちの責任を受け入れている」と言明した。
三越百貨店の前身、越後屋が江戸時代「現銀掛値無し(げんきんかけねなし)」などと銘打って、世界で初めて定価販売を始めたというのは有名な話。 それまでは、価格は、相対取引、駆け引きで決まっていた。 つまり、相手を見て値を決めていたということだ。 それを、相手を選ばず、定価で販売する。 このことは、今からみれば極当たり前のことのように思えるが、 当時は、世界中見渡してもなかったというのだから、画期的だった。 正札販売というわけは、定価を紙(=正札)に書いて、 品物を一緒に店頭に並べていたから。 「金をもってさえいれば、誰でも同じ価格で売る」 今では、当たり前だし、 時には「金を持たないなら、売らないよ」ということで、拝金主義のようにも聞こえて、 この定価販売の素晴らしさは中々伝わってこない。 しかし、 こういうことは、ボクらが歴史を忘れているからである。 定価販売が一般的になる以前は、 「いくら
はじめにPartners Fund中村です。1か月弱前に米国屈指のVCであるAndreessen HorowitzのAndreessen氏が一つの投稿をしました。そのタイトルは「テクノ・オプティミスト・マニフェスト」。記されているのは、この時代においてテクノロジーの進歩を称賛し、人がどうテクノロジーと向き合うべきかという信念。賛否両論あると思います。ですが、一つ言えるのはAndreessen氏は考え抜いてこの信念に辿り着いたということと、それが疑いの余地のない輝かしい多くの業績(とその裏にあった苦悩)に裏打ちされているということ。 文章は長く、教養の厚みが凄すぎて難解なところもあるので、今回解説付きの翻訳文を作成してみました。プロフェッショナルとして、どう思想的なポジションをとるか一つに参考になれば幸いです。 本文:テクノ・オプティミスト・マニフェスト(前書き、あとがきは割愛。解説は各章の
最近レイダリオの「国家の興亡」を読んで感銘を受けました。この本では覇権国家(基軸通貨を持つ国)の寿命は100-300年程度で、だいたい三つの段階を経て衰退していくと書かれています。 国家は端的に言えば「自衛する、富を生み出し再配分するシステム」と言えるのではないでしょうか。このシステムがどのように興隆し、衰退していくかを少し説明してみます。 興隆期 ・教育が国民に広く行き渡り、勤勉さや倫理観が培われ、不正が減り、新しい技術が生み出される。 ・世界市場で力をつけ、たくさんの富を稼ぎ出す。 ・急激な格差が生まれるが、再配分システムがうまく機能して格差是正が行われる。 ・世界金融センターができる。 絶頂期前半 ・最も豊かな時代。 ・世界とビジネスをするので強い軍事が防衛のために発達する。 ・科学技術などで他を圧倒する。 絶頂期後半 ・国民の賃金が高くなり、賃金が安い国に仕事が奪われるようになる。
「虐殺とは、ある日突然起こるものではない」と、ポーランドのアウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館でガイドを続ける中谷剛さんは語る。「私たちの社会は、虐殺に至る何歩前にいるのだろうかと、自問することが大切だ」と。それは決して狂気に取りつかれた一部の人間が引き起こすものではなく、僕たちの社会が構造的に抱える闇の一部なのだ。 そこにいる人々を、僕たちとは違う「排除してもいい存在」だと認識した途端、倫理の痛覚は麻痺し、鮮血は色彩を失う。殺した「それ」は人間ではない。私たちとは違う「悪魔」なのだ。私たちを殺しに来る「敵」なのだ。想像力を持つ人間だからこそ、ときに目の前の人間が「リアルな存在」であることを忘れさせる。しかしその溝を埋めるのもまた、人間の想像力ではないだろうか。前後編となる今回の記事では、対話の閉ざされた「壁」の両側に生きる人々の姿を伝えることで、そこにいる生身の人間の存在を感じ取って頂けた
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