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歴史とフィクションに関するsds-pageのブックマーク (2)

  • リサイクルされるヒーローたち 物語の中の真田一族(中)

    その真田十勇士の中で、最も有名なのは猿飛佐助だろう。現代では小さく素早く猿っぽい、それでいて最強の忍者といったイメージが流通している。しかし人気があるにもかかわらず「猿飛佐助」というキャラクターを誰が成立させたのかということすら、詳しいことは分かっていない。 これは分からないのが当然で、現代知られている猿飛佐助像が確立するまでの過程に限っても、後述するように講談速記や初期の大衆小説、千里眼や怪力嬢まで登場するくらいに交錯している。明治大正時代というのは近世と近代がドロドロと混ざった時代で、当然ながら娯楽物語の世界もやはり混沌(こんとん)としている。そんな文化を一人の人間が全て把握するのは、まず不可能じゃないかと私は思っている。 現代の創作物の中で猿飛佐助は空を飛ぶが、明治の猿飛佐助は空を飛ぶことはない。前編でも書いたように、明治人は合理性を求めた代償に、フィクションを楽しむ技術を失ってし

    リサイクルされるヒーローたち 物語の中の真田一族(中)
    sds-page
    sds-page 2015/12/09
    日本人は昔から俺TUEEEEEが好きだった
  • 老人の思い出話は全て正しいとは限らない〜『永遠の0』 - davsの日記

    百田尚樹氏の『永遠の0』が映画に引き続き、テレビドラマ化されるそうな。 原作については、立ち読みでも、特攻への賛美や、戦後社会への嫌悪が目立っていたのと、作者の言動に好感が持てずに身銭を切っての購入をためらっていたのだが、この度、を入手して読むことができた。 読んでみたのだが、この戦争観がどう、というより、太平洋戦争歴史や、軍事について誤りがいくつもあるのだ。 『永遠の0』は孫たちが旧日海軍のパイロットであった祖父の宮部久蔵のことを彼の祖父から聞くというかたちで物語が進行するのだが、その語り部たちは宮部のことだけではなく、太平洋戦争歴史まで語るのだ。その語り部たちの語る太平洋戦争についての説明が、なんともおかしなものが混じっているのだ。 『永遠の0』は、フィクションであり、史実であるかは問題でない、という見解もあるだろう。例えば、この意見のように 「暴れん坊将軍をみて「徳川吉宗

    老人の思い出話は全て正しいとは限らない〜『永遠の0』 - davsの日記
    sds-page
    sds-page 2015/01/26
    急降下速度の制限は零戦の弱点として有名だし、「高空での性能低下」は高度があがれば空気が薄くなるので過給機なしのエンジンの性能が低下する話だと思う
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