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芸人とインタビューに関するBaybridgeのブックマーク (2)

  • 「天才にはない、努力者の特権があるんです」ハライチ澤部に聞く“才能がない人の戦い方”|新R25 - シゴトも人生も、もっと楽しもう。

    「僕にインタビューなんて珍しいですね」 「天才にはない、努力者の特権があるんです」ハライチ澤部に聞く“才能がない人の戦い方” どんな組織にも、カリスマ的な存在っていますよね。 仕事で“自分は天才じゃないんだな…”と日々痛感させられている筆者も、「カリスマ的な才能の持ち主になりたかった」と思ってしまうときがあります。 このやりきれない劣等感を乗り越えるには、どうしたらいいんでしょうか…。 そんな悩みを解決するために、日々天才と向き合っているこの方にお話を聞きました。 【澤部 佑(さわべ・ゆう)】1986年、埼玉県生まれ。2005年、相方・岩井勇気とお笑いコンビ「ハライチ」を結成。ツッコミ担当。2009年『M-1グランプリ』(テレビ朝日)での決勝進出をきっかけに注目を浴び、バラエティ番組『ピカルの定理』(フジテレビ系)のレギュラーに抜擢。お笑いタレントとしてだけでなく、俳優としても幅広く活動し

    「天才にはない、努力者の特権があるんです」ハライチ澤部に聞く“才能がない人の戦い方”|新R25 - シゴトも人生も、もっと楽しもう。
    Baybridge
    Baybridge 2020/08/25
    澤部は毎回どのネタやるか事前に教えてもらえなくて、舞台上の岩井の切り出し方で判断する(M1の時だけ教えてくれた)っていうのを聞いて驚いたことがある。
  • ノンスタ石田が語る漫才と競技化(1)「M-1の影響でネタ作りが変わった」(中村計)

    その年のM-1が終わると「あの人はどう思ったのだろう」と感想が聞きたくなる人がいる。石田明さんはその代表的な1人だ。 漫才に点数がついて、優劣が決まる。 「漫才で点数を競う」この競技は、2001年に『M-1グランプリ』が始まる前は今ほどメジャーではなかった。 もちろん『M-1』以前から賞レース自体は存在したが、賞を獲ったから売れるというよりは、劇場でウケている芸人に送られる賞という意味合いが強かった。 『M-1』の登場は日の漫才シーンを、漫才のあり方を、芸人の考え方を大きく変えた。 競技化することで漫才はどう変わったか、そして変わらないものは何か。 2008年のM-1王者であり、そして芸能界屈指のお笑いオタクでもある『NON STYLE』石田明さんに話を聞いた。 ――漫才という芸能は来、笑わせさえすればいいものです。なのに、M-1という賞レースになると「キャラ漫才や物まねは評価されにく

    ノンスタ石田が語る漫才と競技化(1)「M-1の影響でネタ作りが変わった」(中村計)
    Baybridge
    Baybridge 2020/01/22
    ノンスタ石田がボケ無しでM-1と漫才を解説。見せ方にはこだわってきたというだけあって、コンビごとのスタイルの言語化能力には感心した。
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