山を下りた後の恐怖を語る内間好子さん=8日、久米島町 「米軍上陸!」。当時15歳の内間好子さん(92)=久米島町=は知らせを聞き、幼いきょうだいをおぶって必死に逃げた。うっそうと木が生い茂る山の奥へ―。日本軍と米軍の交戦の音が聞こえた。「大変だよー! アメリカーがちょーんどー!(来たぞ)」。集落の人が叫んだ。ガクガクと体が震えた。その時、大きな声がした。「アメリカーは何もしないから心配しないでよー!」。仲村渠明勇(めいゆう)さん(当時25歳)の呼び掛けだった。 1945年6月26日、久米島の日本海軍通信隊(鹿山隊)30人余りに対し、米軍は約1千人で上陸した。米軍の捕虜になっていた島出身の仲村渠さんは米軍を先導。山に避難した住民に家に帰るよう説得して回った。仲村渠さんは山の奥の「ウチゲンナー」と呼ばれた場所で、親戚だった内間さんの母親に気付いて笑顔で近づいた。「おばさん、元気だったね?」「安