日本の障害学を牽引してきた立岩真也先生のインタビュー記事。 長谷川豊氏の「殺せ」ブログ、そして、7月に発生した相模原障害者虐殺事件について。 こういうときに必ず出てきて、歴史を振り返りながら、専門家として語るべきことを語られている。 私たちは障害者をめぐる過去の歴史について、知らないし、忘れてしまう。 過去から学ぶべきことは多い。 www.huffingtonpost.jp ――長谷川さんの最初の「殺せ」という主張は、相模原事件に通じるとの指摘が多くありました。私たちはどう向き合えばよいでしょうか。 「殺せ」と煽る言葉に対しては、もっと「圧」を持って怒る必要があると思っています。その人(相模原事件の容疑者)は、事件の前にも「障害者は不幸で死んだ方がいい」とか、「殺せば社会は助かる」というようなことを周りに話していたといいます。 まず「なんでお前が他人の幸不幸がわかるんだよ、言えるんだよ」と
それが実現すると、自己負担の金がない人は死ぬことになります。また、「最後の1ヶ月」と言いますが、そんなものがいつから始まるのかわかりようがないとも思えます。 等々、当然、強い批判・非難がなされ、彼らは言い訳のようなこともしましたが、はっきりした誤解しようのない発言が載っているのは事実で、言ったとか言わないといった話につきあう必要はありません。 私は、このように語ってしまう二人の能天気さ天真爛漫さは不思議ではありましたが、その中身自体はなにも珍しいところのない話だと思いました。 「終末期の1ヶ月に高額な医療費がかかる」という主張は短くみても20年前には既にあって、その時にだいたいのことは言われています。 BuzzFeedの記事でも医療経済学者の二木立氏がそのことを再度説明してくれていますし、私も10年前に、『唯の生』という本で、そうした議論があったこと、それに対して二木氏らが指摘したこと、つ
Published 2023/08/01 12:18 (JST) Updated 2023/08/01 12:19 (JST) 相模原の障害者施設殺傷事件の評論など、障害者や安楽死を巡る論考で知られた社会学者で立命館大教授の立岩真也(たていわ・しんや)さんが7月31日、京都市で死去した。62歳。新潟県出身。 新潟県の佐渡島に生まれ、東京大で社会学を専攻。重い障害や難病と共に生きる人々にとって望ましい社会のあり方を探究した。2016年に相模原の事件が起こると、安楽死を肯定するような議論を痛烈に批判。批評家の杉田俊介さんと共著「相模原障害者殺傷事件」を刊行し、障害者差別などの歴史的観点から事件を検証した。 他の著書に「弱くある自由へ」「良い死/唯の生」「精神病院体制の終わり」「私的所有論」など。
社会学修士。1960年新潟県生まれ。1983年東京大学文学部社会学科卒業。1990年東京大学社会学研究科博士課程修了。千葉大学、信州大学を経て2004年から現職。「何か変だなという気持ちを無理に割り切らないで、なぜかと考え続けていきたい」 生存学創成拠点HP 前編では「生存」ということにギリギリで接している人たちがたくさんいること、そういった人たちがどうやって生きていくかに関わる様々なことを考えるのが「生存学」だと紹介しました。後編では、より具体的なお話を展開しようと思います。 例えば聴覚障害の人は、聞こえないから見るしかない。今では音声をコンピュータで文字にするソフトがあります。そうした技術が、実際にはどう使えるのだろうか。目の見えない人にも、文字を自動で点字にしたり、音声にすることも可能です。そうしたテクノロジーはある意味で決して難しいものではありませんが、日常生活という現場で使いまわ
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相模原市の障害者施設殺傷事件では「優生思想」に焦点が当たり、盛んに議論された。人の生そのものを差別する言葉や思想にとらわれないためには、どうすべきなのか。病い、老い、障害とともに生きることから社会を考察する「生存学」を提唱する社会学者の立岩真也さん(59)に話を聞いた。【くらし医療部・上東麻子】 社会に対する「無駄な危機感」 ――事件後、植松聖被告(29)の「障害者は不幸しか生まない」との言葉に、残念ながらインターネット上では少なからぬ賛同の書き込みがありました。どう受け止めたらよいでしょうか? 立岩さん 人を殺すまでのことをやる人はめったにいない。もちろんいるべきではない。ただ、彼が思い、言っていること、彼を動かしているものと、我々の社会についての認識の間にはそんなに距離はないということは押さえておかないといけません。この事件や、障害者の存在を否定する根っこにあるのは、社会に対する無駄な
まず「報告要旨」として送った文章を再掲する。 拙著『自由の平等』(岩波書店、二〇〇四年)に考えたことを書いた。第一章でリバタリアニズムに対する反駁を行っている。また、契約論的な理論構成からもリバタリアニズムが正当とする規則は導出されると限らず、導出されても規則の正当化に至らないことも述べた。また第二章では嫉妬や怨恨を持ち出して社会的分配を非難する論に対する反論を行い、そして第三章で私たちがどのような私たちであれば、分配はより積極的に支持されることになるのかを検討した。(第四章から第六章は社会的分配に肯定的なりベラリズムの議論の吟味なので、今回の議論には直接には関わらない。)この本は基本的には財の所有・分配について論じた本なのだが(それ以外のことを論じた本ではないのだが)、その範囲内については、基本的なところでは間違っていないことが述べられていると考えている。だから報告もその線に沿ったものに
過剰な自己責任論や「本音」に名を借りた暴言に対して、私たちはどう向き合うべきか。立岩真也教授に話を聞いた。
BIメールニュースNo.040 2010.3.26発行 【1】『ベーシックインカム――分配する最小国家の可能性』のご紹介 立岩真也 【2】BIニュース 【続報】ゲッツ・ヴェルナー氏の理念に基づくドイツでのベーシックインカム実験 IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII 私たち「ベーシックインカム・実現を探る会」は、政治的に中立の立場で、「すべての個人への無条件な所得の保証」というベーシックインカムを実現につなげる提言を発信します。 IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII
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