すでにあちこちで指摘されていることですが、toledさんや hokusyuさんが(そしてそれを受けて私が)「持ちネタ」たるホロコーストをなんの必然性もないのに持ち出した…ということにしたがっている人に限って、fuku33氏がトリアージをひきあいに出す必然性があったのか、「ネタ」として扱ってなかったのか、をこれっぽっちも考えようとしていないことは実に興味深いです*1。ちなみに、他人を代弁することは避けて私自身についていうなら、「トリアージをネタ扱いするな」という趣旨での批判はしていません*2。これまた幾人もの方が、経営学における「資源の有限性がその合目的的な最適配分を促し、戦略性やリーダーシップや組織内の規範意識も意思決定も価値判断もそこから始まる」という発想を教えるうえでトリアージをひきあいに出すのはむしろ不適切なのでは、と指摘されていますが、少なくともトリアージ以外の例があり得たことは間
諸君、余だ。 大日本帝国を糾弾するのに熱心な反歴史修正主義者が大日本帝国と同じようなことをしている中国に対して積極的に糾弾しているように見えない、と諸君が疑問に思っているようなので余が答えよう。 簡単なことだ。 正しい情報が流布されている分には批判する必要がないからだ。 正しい情報の下、諸君がどのように判断しどのように行動するかは諸君自身に委ねられているのだ。 考えてみるがよい。 反歴史修正主義は歴史修正主義に対するカウンターアクション。そもそも歴史修正主義者が偽りの歴史を流布していなければ、そういう活動をする必要は無いのだ。 反歴史修正主義者にとって、歴史修正主義者の偽りを暴くことが目的であり、大日本帝国の負の歴史について発言するのは偽りを暴くための手段にすぎない。 全てがそうとまでは断定せぬが、反歴史修正主義者にとって大日本帝国を糾弾するのは目的ではない。 偽りを暴くための手段として大
アパートの大家さんに家賃を払いに行ったら、映画「靖国」の話題になり、大家のお婆さんが今回の件にエラク立腹しているらしい。 んで、かくかくしかじかのブログをやっていると紹介したら、「ちょっとアンタ、アタシの兄が戦死したときにこんなのが来たのヨ。あの頃はお兄ちゃんが神様になったんだって喜んでたけど、いま見返すとハラが立ってハラが立ってどうっしようもないの。稲田とか有田とかいう小娘になにがわかるのっ。こーゆーのが来たらどんな気がするのか、いまの若い人に教えてあげてちょうだい」と、大事に保管してあった靖国神社臨時大祭関係書類一式を預けられた。 公開してもいい、ということなので、少しづつ紹介していきます。 写真は、臨時大祭への招待状です。昭和18年4月の春季臨時大祭。個人名はモザイクかけてます。桜の部分と四方囲みケイは金箔押し。紙質はかなり厚いものでした。 署名している海軍大将は、たぶん豊田副武か?
2008年04月08日06:00 カテゴリ書評/画評/品評Art 開国の真実 - 書評 - ペリー提督の機密報告書 著者本人より献本御礼。 ペリー提督の機密報告書 今津浩一 これは、すごい。「風雲児たち」のみなもと太郎も、これがあったら幕末篇がさらに描きやすかっただろうに。 本書「ペリー提督の機密報告書」は、文字通り、マシュー・ペリーの機密報告書から日本の開国の真実に迫った一冊。単一の歴史的事件について書かれた書物の中では、今まで最も楽しめた一冊。 目次 - Amazonより まえがき----本書の三つのテーマ 第1章 ペリー提督来航:20のなぞなぞ 「ペリー提督来航:20のなぞなぞ」解説編 第2章 ニューポート、ニューヨーク、ワシントン 1. ペリー誕生の地 ニューポート 2. 大西洋艦隊勤務とメキシコ戦争 3. はるか遠き国日本への遠征準備 4. ニューヨーク・タイムズは日本遠征に反対
ブクマコメで buyobuoさんや so1944 さんが言っているように頭にくるのも無理はない、ということをもう一方の当事者が着々と立証している。 http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20080405/syuusei http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20080407/horyo (以下、特に断らない限り前者からの引用。) 南京事件(南京大虐殺)とかホロコーストは、そちら方面の言語の知識がないので言及は避けますが、たとえばこんな感じ。 まだ言ってるよ(笑) こんなの嘘っぱちである、と私は断言できます。何故なら、この人物は紀元一世紀のアラム語も紀元一世紀のギリシャ語もできないのに、福音書の和訳について「言及」したことがあるからです*1。非常に興味深いことに、この場合にも彼は「ネット」で「すこし調べて」みただけで、非常にポピュラ
会津若松市、TBSに抗議 戊辰戦争「糞尿たまり開城」2008年3月28日20時20分印刷ソーシャルブックマーク 福島県会津若松市は28日、TBSが2月に放映した歴史クイズ番組の「正解」が、「視聴者に誤解を与え、会津人の心情を踏みにじった」などとして、同社と番組制作会社に抗議文を送ったと発表した。謝罪と訂正を求めている。 問題としているのは、2月16日夜に放送された「歴史王グランプリ2008まさか!の日本史雑学クイズ100連発!」。この中で、戊辰戦争の際に旧幕府側が会津若松城を明け渡した理由を問うクイズの正解が「糞尿(ふんにょう)がたまり、その不衛生さから」と紹介された。 市によると、放送前に内容を知り、再三見直しを要求したが聞き入れられなかった。放送直後からは「抗議すべきだ」とのメールが市民から殺到。市議会からも毅然(きぜん)とした対応を求める声が出たという。 市側は抗議文で「開城は、同盟
クイズ番組で歴史ねつ造? TBSに関係者激怒! 会津若松城の明け渡しは「糞尿」原因?! 優美な姿から“鶴ケ城”とも呼ばれる会津若松城が、クソまみれと放送されてカンカン TBSの歴史クイズ番組で、戊辰(ぼしん)戦争の会津若松城に関し史実と異なる問題を出したとして、会津若松市がTBSに抗議文を送る騒動が起きている。クイズでは旧幕府軍が城を渡した原因を「糞尿」と決めつけられたため、白虎隊の末裔たちは“この前の戦争”の怒りが再燃。フンまんやるかたない様子だ。 「事実をきちんと踏まえず、視聴者に誤解を与える報道とはいかがなものか。そうした問題に一石を投じるためにも抗議をすることにした」 会津若松市の菅家(かんけ)一郎市長は、28日の記者会見で、TBSへの強い不快感をあらわにした。 問題の番組は2月16日放送の「歴史王グランプリ2008まさか!の日本史雑学クイズ100連発」。ロンドンブーツ1号2号が司
見出しは演出です。 ここは割と興味深く読めました。 →歴史修正主義の手法 - 歴史学者の議論をその裏付けが自分の調べた範囲で見つけられなかったことを根拠に勘違いだろうと判断する人物 - Close to the Wall 関連テキストとして読まなければいけない本があるので、ちょっと時間が欲しいところ。『証言沖縄「集団自決」―慶良間諸島で何が起きたか (岩波新書 新赤版 1114)』は読むけど(読まないと否定的であれ肯定的であれ、言及は難しいです)、『銃後の風景―ある兵事主任の回想』はさらに時間があった時にでも。 まぁ後者の本はぼくも一応紹介はしているのですが、まるでぼくがその本の存在を知らないかのような書かれぶりは困った。 →相変わらず疑問が解決していない「兵事主任」「兵器軍曹」について - 愛・蔵太のすこししらべて書く日記 以下の本などはちょっと興味を持ったので読んでみたいと思いました。
<はてなに対する歴史修正主義者の攻撃に一緒に対抗してください> 今、 はてなキーワード「集団自決」「富山真順」「歴史修正主義」 に対して歴史修正主義者 id:lovelovedog からの攻撃がやみません。これを止めることに皆さんご協力ください。 なぜなら これらの事柄についてこの人は詳しくは知らない事を自分で認めつつ、自分だけの勝手な論理(「僕の知らないことは書かせない」「僕の欲しい情報を出さないなら書かせない」)でキーワードを改ざんし、歴史を歪めているからです。 はてなキーワードは、はてなの会員にはあまり重視されていないようですが、実はネット上では非常に重視されています。つまりGoogleの検索ではウィキペディアと同様に常に上位に表示され、多くの「何も知らない読者」が読む可能性が大きいのです。そのキーワードを改ざんし歴史を歪める、これは許せません。 そして、昨日pppさんからいただいた
フロリダにある75歳以上を入団資格とする野球チーム(平均年齢80歳)、Kids&Kubs に所属する退役軍人たちの発案で昨年ハワイで開催された「日米スーパーシニア親善野球大会」についてのNHKのドキュメンタリー(22日午後10時から)。こういう企画に参加する人々だけあってみなおどろくほど元気なじいさまばかりだというのがまずは目につくが、もちろんそれ以上に共通しているのは、人生の終わりを迎えて戦争の記憶に区切りをつけたいという強い意志である。こうした「和解」のためのさまざまな試みについての報告を見聞すると、一般に軍人同士では(特に連合軍側の兵士に捕虜体験がなければ)相互理解に程度はともあれ成功するケースが多いように思う。それには国境を越えて成立するホモソーシャルな関係性が一役買っているだろう。一緒に野球をやって和解、という発想自体がそうした関係性に由来するものだと言ってもよいかもしれない。そ
<< 前の記事 | トップページ | 次の記事 >> 2008年02月18日 (月)アジアを読む 「カンボジアの光と影 ポル・ポト特別法廷 」 (岩渕キャスター) Q1:カンボジアの街には今、ずいぶん活気があるようですね。 (道傳解説委員) A1:訪れたのは5年ぶりでしたが、まず車の量に驚きました。 【V:カンボジアの活況】 街はちょっとした建設ラッシュ、通りにはオートバイに乗る若い人たちがあふれ、経済成長著しい隣国のベトナムの活気を思わせるほどでした。実際にカンボジアの経済は、ここ数年、10%前後の高い経済成長率を記録しています。 【法廷DS→正門入り】 A2:プノンペン市内から車で30分ほどの郊外にある法廷を訪ねました。 ご覧頂いているのが正門ですが、看板にあるとおり「カンボジアの裁判所に設けられた特別法廷」です。 左側の青いシンボルマークには、剣を手にしたカンボジアの裁きの神様、まわ
ちょうど一ヶ月ほど前に放送された、Bill Guttentag 氏出演のラジオ番組でのやりとりで、ちょっと印象に残ったところがあった(14分45秒あたりから)。映画を観た司会者が、インタビュー対象の元日本兵が「非常に気軽に casually」話しているようにみえた点が興味深かったと言い、彼らには悔恨 remorse があるのだろうか? と問うたのである。Guttentag 氏はこれに対してインタビュー対象者に後悔 regret の念が稀薄であったという自身の印象を語り、「人生の終りを迎えて深く後悔してインタビューを受ける」元兵士を予期していたのに意外であった、と告白している(彼自身は「悪の凡庸さ」の現われとして納得しようとしているようだ)。このような認識は外国人に特有のものではなく、以前に紹介したように野田正彰氏の『戦争と罪責』(岩波書店)の大きな柱の一つとなっている。だがその前提の一つと
「朝青龍」問題については、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070830/1188468360とかhttp://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070905/1189002692で言及した。さて、http://katoler.cocolog-nifty.com/marketing/2008/01/post_a25a.htmlで「朝青龍」問題が採り上げられている。 朝青龍の復帰によって、初場所は満員御礼。「朝青龍」という「悪役」が「低迷する「国技」の救世主」となったという。 ところで、ここでは、「国技」としての角力が〈つくられた伝統〉でしかないことが述べられている。曰く、 驚いたことに、相撲が「国技」であるということを規定する法律は、現在はもちろん、過去においてもどこにも存在しない。それが、何故、「国技」と称されているかというと、明治42年
(1) 最初に、なにをもって「南京事件否定論」と呼んでいるのか、「歴史修正主義」と呼んでいるのかを再確認しておきましょう。南京事件否定論を巡る議論に馴染みのない方がこの数日おいでになっている可能性が高いので。 「否定論」「修正主義」と私が呼ぶ第一の基準は、犠牲者数推定の数ではありません(結果的には数がメルクマールになりますが)。犠牲者数推定を行なう手法、そしてなによりその目的が基準です。例えば秦郁彦の『南京事件』(中公新書)では、当時(1986年刊行)入手可能だった「日本軍の公的記録を個別に割引せず、そのまま積みあげてみた」結果として、「捕らわれて殺害された中国兵の推計」を3万人としています。笠原説との違いは「捕われて殺害された」ケースに限定するかどうかによるところが大きく、捕虜の殺害についてあれこれ正当化し割り引くことはしていません*1。また民間人の犠牲についての中国側の主張に対しても次
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