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日本史に関するtweakkのブックマーク (162)

  • 中関白家が凋落したからこそ…〝枕草子のたくらみ〟輝き続ける「美」

    直近の第18回「岐路」では、道長の兄・道隆(井浦新さん)の死後に関白に命じられた道兼(玉置玲央さん)が就任の日に倒れ、7日後に亡くなるという「七日関白」が描かれました。 水野:こんなに早く、まひろ(吉高由里子さん)から母を奪った「かたき」でもある道兼が死んでしまうとは思いませんでした…。 たらればさん:玉置道兼さん、好感度最低からぐんぐん上げていって、上げきったところで舞台から退場……、というのが、演出だとわかっていても切ないし残念ですね。道長(柄佑さん)が抱きしめる、という最期もすごかった。 水野:道長の父・兼家と、兄・道隆はが看取って、思い出に残る歌を口にして亡くなりましたが、今回は道長なんだなぁ…と思いましたね。 たらればさん:残酷でもあり、運命でもあり…、「藤原道兼」という、どちらかといえば知名度の低かった歴史上の人物が、ドラマを通して多くの人々の心に印象深く刻まれたと思うと、

    中関白家が凋落したからこそ…〝枕草子のたくらみ〟輝き続ける「美」
  • をしへて! 倉本一宏さん ~藤原為時が任官した越前国は平安貴族に人気だった!? - 大河ドラマ「光る君へ」

    NHK公式【大河ドラマ「光る君へ」】時代考証を担当する倉一宏さんに、平安時代中期の国の事情や呼び方などについて伺いました。<ドラマをもっと楽しむコラム>

    をしへて! 倉本一宏さん ~藤原為時が任官した越前国は平安貴族に人気だった!? - 大河ドラマ「光る君へ」
  • ちなみに日記には… 大河ドラマ「光る君へ」第20回より - 大河ドラマ「光る君へ」

    NHK公式【大河ドラマ「光る君へ」】第20回 ちなみに日記にはどのようなことが書かれていたのか…。主なエピソードをご紹介します。<ドラマをもっと楽しむ日記紹介>

    ちなみに日記には… 大河ドラマ「光る君へ」第20回より - 大河ドラマ「光る君へ」
  • をしへて! 倉本一宏さん ~漢詩ではない? 越前守となった藤原為時の詩の謎!? - 大河ドラマ「光る君へ」

    NHK公式【大河ドラマ「光る君へ」】時代考証を担当する倉一宏さんに、説話集などに書かれている藤原為時の漢詩について伺いました。<ドラマをもっと楽しむコラム>

    をしへて! 倉本一宏さん ~漢詩ではない? 越前守となった藤原為時の詩の謎!? - 大河ドラマ「光る君へ」
    tweakk
    tweakk 2024/05/19
    "この詩は、平安時代中期の漢詩文集『本朝麗藻(ほんちょうれいそう)』に記されていますので、本当にあったものです""五言でも七言でもありませんし、韻(いん)も踏んでいません。つまり、漢詩としての形式ではない
  • 時代考証が長徳の変を解説! 道長最大の政敵・伊周が自滅した理由(倉本 一宏)

    2024年大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部と藤原道長。貧しい学者の娘はなぜ世界最高峰の文学作品を執筆できたのか。古記録をもとに平安時代の実像に迫ってきた倉一宏氏が、2人のリアルな生涯をたどる! *倉氏による連載は、毎月1、2回程度公開の予定です。 連載の第一回はこちら 日記を始めたのが遅かった道長 大河ドラマ「光る君へ」19話では、『御堂関白記(みどうかんぱくき)』の書き始めに関わるシーンがあった。ここで藤原道長の『御堂関白記』がいつから書き始められたのか考えてみよう。 現在、近衞(このえ)家の陽明文庫(ようめいぶんこ)に残されている『御堂関白記』は、道長自筆が長徳(ちょうとく)四年(九九八)後半から寛仁(かんにん)四年(一〇二〇)前半に至る十四巻、孫の師実(もろざね)の代に書写された古写が長徳四年後半から治安(じあん)元年(一〇二一)に至る十二巻である。 通常、日記を記録し

    時代考証が長徳の変を解説! 道長最大の政敵・伊周が自滅した理由(倉本 一宏)
  • 【虎に翼】虚構の贈収賄事件はなぜ起きた?主犯とされた大物の“リアル手記”

    ふかさわ・けん/広島県出身。1989年ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」でソフトウェア、流通・小売り、通信・IT業界などの 担当記者を経て、2002年10月より副編集長。16年4月よりダイヤモンド・オンライン(DOL)編集長。17年4月よりDOL編集長との兼任で週刊ダイヤモンド編集長。19年4月よりデジタルメディア開発部長兼ダイヤモンド論説委員。2022年2月~24年2月まで株式会社TBMに転じた後、24年4月より週刊ダイヤモンド事業室編集委員。著書に「そごう 壊れた百貨店」「沸騰する中国」(いずれもダイヤモンド社刊・共著)など。趣味はマラソン。 News&Analysis 刻々と動く、国内外の経済動向・業界情報・政治や時事など、注目のテーマを徹底取材し、独自に分析。内外のネットワークを駆使し、「今」を伝えるニュース&解説コーナー。 バックナンバー一覧 大人気のNHK連続テレビ小説

    【虎に翼】虚構の贈収賄事件はなぜ起きた?主犯とされた大物の“リアル手記”
  • ちなみに日記には… 大河ドラマ「光る君へ」第16回より - 大河ドラマ「光る君へ」

    NHK公式【大河ドラマ「光る君へ」】第16回 ちなみに日記にはどのようなことが書かれていたのか…。主なエピソードをご紹介します。<ドラマをもっと楽しむ日記紹介>

    ちなみに日記には… 大河ドラマ「光る君へ」第16回より - 大河ドラマ「光る君へ」
  • 用語集 大河ドラマ「光る君へ」第14回より - 大河ドラマ「光る君へ」

    https://www.nhk.jp/p/hikarukimie/ts/1YM111N6KW/blog/bl/ppzGkv7kAZ/bp/pPmOwdrlBg/ ドラマに登場した主な用語をご紹介します。 【『蜻蛉日記』(かげろうにっき)】 藤原道綱母(「光る君へ」においては藤原寧子)が書いた日記。上中下の3巻からなり、天暦8年(954)~天延2年(974)の出来事が記されている。 【蔵人頭(くろうどのとう)】 天皇の秘書役をつとめる蔵人たちのトップ。定員2名。 をしへて! 佐多芳彦さん ~蔵人頭ってどんなお仕事? 【検非違使(けびいし)】 京都の治安を守る役職。 【皇后(こうごう)】 天皇の正。立后(りっこう/冊立[さくりつ])の儀を経て皇后となる。 をしへて! 佐多芳彦さん ~后妃たちの暮らす「後宮」って? 【国司(こくし)】 地方行政単位である国の行政官として中央から派遣された官吏の

    用語集 大河ドラマ「光る君へ」第14回より - 大河ドラマ「光る君へ」
  • 日本史のネコ(2)「金地螺鈿毛抜形太刀」(部分) 東京大学准教授 藤原重雄 - 日本経済新聞

    列島で制作された造形で、を象(かたど)った最も早いものの一つが、奈良・春日大社に伝わる平安時代の神宝の太刀の鞘(さや)である。緩やかに曲がる細長い面の表裏には、竹林に遊ぶ雀(すずめ)たちを追い、捕らえるが、姿態を変えて6度あしらわれる。絵画的な再現描写と、工芸品としての図様の単純化との兼ね合いにも優れている。近年の復元制作に伴う調査によって、螺鈿(らでん)の高度な技法が再認識され、金具

    日本史のネコ(2)「金地螺鈿毛抜形太刀」(部分) 東京大学准教授 藤原重雄 - 日本経済新聞
  • 日本列島の弥生時代と古墳時代のほぼ全ての銅鏡が示された分布図が話題となる→可視化されたことで地域的な差異などが一目瞭然に、分類毎の分布図も公開される

    かぬそぬ @omisoi 🖥Simulation考古学者/📝専門は歴史地理情報処理,Agent-based model,人口動態推定等/🗾GIS開発者/📷LiDAR/⛰古墳/🎨創作/🏳️‍⚧️Nonbinary Gender/🏛歴史地図アプリ開発中: github.com/AsPJT/PAX_SAPIgithub.com/AsPJT かぬそぬ @omisoi 日列島の弥生時代と古墳時代のほぼ全ての銅鏡の分布図が完成しました〜😆 ほとんどのデータは「日列島出土鏡集成(2016年)」です。盾形銅鏡など2017年以降の出土鏡も一部入れています。 データ内部に遺跡時期や鏡式の情報があるので、条件付きの結果も出すことができます☺️ 大きさの比較も簡単♪ pic.twitter.com/RmYCuzl5cx 2024-04-01 22:01:40

    日本列島の弥生時代と古墳時代のほぼ全ての銅鏡が示された分布図が話題となる→可視化されたことで地域的な差異などが一目瞭然に、分類毎の分布図も公開される
  • 大河ドラマ「光る君へ」紀行 第13回「奈良県奈良市」 - 大河ドラマ「光る君へ」

    https://www.nhk.jp/p/hikarukimie/ts/1YM111N6KW/blog/bl/ppzGkv7kAZ/bp/pqLmxv1nYV/ かつて都が置かれ、国の中心として発展した奈良。 御蓋山(みかさやま)の麓(ふもと)に、藤原氏によって創建された春日大社があります。 都の守護と人々の繁栄を祈る神社として、 奈良時代に称徳(しょうとく)天皇の命を受け、造営されました。 藤原兼家や道長は、春日大社をあつく崇敬し、足しげく通いました。 摂政となった兼家は、一条天皇に春日大社への参詣(さんけい)を勧めます。円融院(えんゆういん)の反対がありながらも春日行幸を実現させました。 境内にある国宝殿。 藤原氏が奉納した宝物をはじめ、当時の最高の技術を現代に伝える美術品が多く納められています。 藤原氏をはじめとする貴族たちに大切にされた春日大社。彼らが守り、そしてつないだ信仰の形が

    大河ドラマ「光る君へ」紀行 第13回「奈良県奈良市」 - 大河ドラマ「光る君へ」
  • 蛇行剣、刀と剣のハイブリッド 富雄丸山古墳、30日から初公開

    奈良市の富雄丸山古墳(4世紀後半、円墳)で出土した国内最大の蛇行剣は、クリーニングの結果、剣の特徴である突起がある一方で、刀の特徴であるくさび形の柄頭が付いていたことが分かった。奈良県立橿原考古学研究所と奈良市教育委員会が26日、発表した。 同研究所は「剣と刀のデザインを併せ持つハイブリッド構造だ。古墳時代中期以降に盛んになる刀装具と剣装具はこのようなものから分化していく可能性が考えられる」としている。蛇行剣は30日から研究所付属博物館で初めて一般公開する。 剣身を収めるさやは広葉樹のホオノキ製で、全長約2.5mに復元できる。剣先側のさや尻には、さやが直接地面に付かないように保護するための細長い石突(長さ18.5cm)があり、刀剣のさやでは初確認とみられる。長大な蛇行剣を立てて使用することも想定した構造という。さや尻とさや口には黒漆が塗られ、文様もあった。 また剣を握る柄は全長38cmとみ

    蛇行剣、刀と剣のハイブリッド 富雄丸山古墳、30日から初公開
  • 君しるべ ~大宰府に左遷された明子の父・源高明 - 大河ドラマ「光る君へ」

    https://www.nhk.jp/p/hikarukimie/ts/1YM111N6KW/blog/bl/ppzGkv7kAZ/bp/ppYkQ26kZg/ 大河ドラマ「光る君へ」第12回で兄・源俊賢(田大輔)に「父上の無念をはらします」と固い決意を語った明子(瀧内公美)。俊賢と明子の父・高明(たかあきら)は、安和2年(969)に藤原氏の策謀により失脚し、大宰府へと左遷されました。安和の変です。藤原氏との政争に敗れた源高明について解説します。 ――父は醍醐天皇 源俊賢と明子の父である源高明は、延喜14年(914)に60代・醍醐天皇の第10皇子として生まれました。延喜20年(920)に源朝臣(あそん)の姓を賜って臣籍に降下しますが、学問に優れ、有職故実(※注1)にも通じた高明はめきめきと頭角を現し、参議、権中納言、中納言、大納言、右大臣などを歴任。天皇の重臣として、卓越した政治手腕を振

    君しるべ ~大宰府に左遷された明子の父・源高明 - 大河ドラマ「光る君へ」
  • 用語集 大河ドラマ「光る君へ」第12回より - 大河ドラマ「光る君へ」

    https://www.nhk.jp/p/hikarukimie/ts/1YM111N6KW/blog/bl/ppzGkv7kAZ/bp/pn5aBgWdNn/ ドラマに登場した主な用語をご紹介します。 【庚申待(こうしんまち)】 庚申(さるわたり)の日に神仏を祀(まつ)って徹夜をする古代中国起源の行事。 をしへて! 風俗考証 佐多芳彦さん ~庚申待ってどんな行事? 【左中将(さちゅうじょう)】 左近衛中将(さこのえのちゅうじょう)。左近衛府の次官。 【直盧(じきろ)】 摂関・大臣・大納言などが、宿直・休憩を行うために内裏内に設置した個室のこと。 【摂政(せっしょう)】 朝廷において幼い天皇の政治を代行する、最も強い権力の職。 君しるべ ~藤原道長が偉くなれたのはなぜ? 【醍醐天皇(だいごてんのう)】 60代天皇。宇多天皇の第一皇子。 【内裏(だいり)】 天皇の住居としての区画。 【大宰府

    用語集 大河ドラマ「光る君へ」第12回より - 大河ドラマ「光る君へ」
  • 【速報】奈良・平城宮跡で木簡1000点発見  1300年前の聖武天皇即位の儀式「大嘗祭」の記録も|YTV NEWS NNN

    奈良市にある平城京の跡地から、ちょうど1300年前の聖武天皇即位の儀式を記した記録・木簡が発見されました。 奈良市の平城宮跡の穴から見つかったのは、奈良時代に書かれた木簡、約1000点です。奈良文化財研究所が、去年10月から穴の発掘を始め、木簡を発見。土を洗い流していたところ、「大嘗分」と書かれた木簡が複数見つかりました。 「大嘗祭」とは、天皇の皇位継承にまつわる儀式で、いまの天皇陛下ご即位の際も執り行われました。国や民の安寧や農作物が豊かに実るよう祈る儀式ですが「秘儀」として、その全貌は皇室の外には明かされていません。 今回見つかった木簡は、今からちょうど1300年前、724年に聖武天皇が即位した際の「大嘗祭」に関する記録です。木簡には、聖武天皇の「大嘗祭」の為に運ばれた品々、「炭」や「魚」などの文字が確認できました。 今回の発見は、1300年前も今と同じく「大嘗祭」が執り行われていた考

    【速報】奈良・平城宮跡で木簡1000点発見  1300年前の聖武天皇即位の儀式「大嘗祭」の記録も|YTV NEWS NNN
    tweakk
    tweakk 2024/03/19
    “「大嘗祭」は宮中で秘密裏に行われる儀式で、今回、なぜ宮中ではなく、朱雀門の外の穴から、こうした木簡が大量に見つかったのか謎だといいます”
  • https://shosoin.kunaicho.go.jp/api/bulletins/23/pdf/0000000037

  • 用語集 大河ドラマ「光る君へ」第11回より - 大河ドラマ「光る君へ」

    https://www.nhk.jp/p/hikarukimie/ts/1YM111N6KW/blog/bl/ppzGkv7kAZ/bp/poGZnAMYKm/ ドラマに登場した主な用語をご紹介します。 【直盧(じきろ)】 摂関・大臣・大納言などが、宿直・休憩を行うために内裏内に設置した個室のこと。 【除目(じもく)】 官職を任命する朝廷の儀式。 【新楽府(しんがふ)】 中国、唐の時代に新しく楽府題(がふだい)を立てた詩のこと。楽府とは、漢詩の一形式。 【受領(ずりょう)】 任命された国に自ら下った国司の最高責任者。 【摂政(せっしょう)】 朝廷において幼い天皇の政治を代行する、最も強い権力の職。 君しるべ ~藤原道長が偉くなれたのはなぜ? 【大極殿(だいごくでん)】 朝堂院の正殿。 【高御座(たかみくら)】 天皇の玉座。 【東宮(とうぐう)】 皇太子(皇位の第一継承者)、あるいは皇太子の

    用語集 大河ドラマ「光る君へ」第11回より - 大河ドラマ「光る君へ」
  • 藤原道長直筆の写経 国宝に 奈良県の金峯山寺200紙、金峯神社は79紙所有 - 文化審答申|奈良新聞デジタル

    国の文化審議会は15日、奈良県関係の美術工芸品4件を国宝や重要文化財(重文)に指定するよう文部科学大臣に答申した。奈良県関係では金峯神社(吉野町)と金峯山寺(同町)がそれぞれ所有する「金峯山経塚出土紺紙金字経」(平安時代)2件を国宝、法隆寺(斑鳩町)所有の「銅造観音菩薩立像」(飛鳥時代)と県所有、県立橿原考古学研究所付属博物館保管の「奈良県ホケノ山古墳出土品」(古墳時代)の重文指定を答申。近く答申通り指定される。県の美術工芸品の国宝・重文は1071件(うち国宝144件)となる。 金峯神社、金峯山寺の金峯山経塚出土紺紙金字経は、大峯山寺(山上ケ岳山頂)周辺の金峯山経塚から出土した藤原道長と、そのひ孫にあたる藤原師通(もろみち)が埋納した直筆の写経。各所に分蔵されており金峯山寺は200紙、金峯神社は79紙を所有し、日文化史研究上、極めて価値が高い書跡とされ、重文から国宝になる。 法隆寺所有

    藤原道長直筆の写経 国宝に 奈良県の金峯山寺200紙、金峯神社は79紙所有 - 文化審答申|奈良新聞デジタル
    tweakk
    tweakk 2024/03/17
    “金峯神社、金峯山寺の金峯山経塚出土紺紙金字経は、大峯山寺(山上ケ岳山頂)周辺の金峯山経塚から出土した藤原道長と、そのひ孫にあたる藤原師通(もろみち)が埋納した直筆の写経”
  • 江上波夫 - Wikipedia

    江上 波夫(えがみ なみお、1906年11月6日 - 2002年11月11日)は、日の考古学者。東京大学名誉教授。文化功労者・文化勲章受章者。 山口県下関市生まれ。1948年に「日民族=文化の源流と日国家の形成」と題するシンポジウムで騎馬民族征服王朝説などを発表。その要旨は、「日における統一国家の出現と大和朝廷の創始が、東北アジアの夫余系騎馬民族の辰王朝によって、4世紀末ないし5世紀前半ごろに達成された」と推論している(著書『騎馬民族国家』より)。 略歴[編集] 東京府立五中を経て、旧制浦和高卒業[1] 1930年(昭和5年)東京帝国大学文学部東洋史学科卒業[2]、東亜考古学会として中国の北京に渡る[3]。 1931年(昭和6年)東方文化学院研究員[4] 1935年から1941年まで内モンゴル・オロンスム遺跡で調査し、ネストリウス派とカトリックの教会等の跡を確認、また仏教などに関す

    tweakk
    tweakk 2024/03/16
    “日本の古代国家の起源を東北アジアの騎馬民族に求めた壮大な説である騎馬民族征服王朝説は戦後間もない1948年、お茶の水駅近くの喫茶店に江上と岡正雄、八幡一郎、石田英一郎の学究仲間3氏が集った座談会で披露”
  • 松岡正剛の千夜千冊

    このところ、ぼくは日を語ることが多くなっている。明治を問題にすることも徳川時代の儒学的日像に切りこむこともあれば、歌枕や世阿弥の工夫や茶の湯を通して「日という方法」にアプローチするときもある。3週間ほど前は石川啄木と権藤成卿と石原莞爾とパル判事を通して日を語ってみた。 それはいろいろなのだが、さて、「日」をいつの時代から語っていくかということになると、そのイメージとマネージの関係があまりに変遷してきたことを一貫して語りきることがむつかしく、ときに縄文を、ときに稲作を、ときに天孫降臨神話を、ときに「まつろわぬ神々」を、ときに倭の五王をというふうに、日自立の契機となったスキーマを分けながら問題を取り出して、これを突起した正の情報と穿たれた負の情報に腑分けしつつもなんとか串刺しにするという、そんな語りかたを何度も試みるというふうになってきた。 それらをそろそろ風変わりな書物にまとめて

    松岡正剛の千夜千冊