【読売新聞】 川崎港周辺で回収した海洋プラスチックごみの再資源化を進めようと、川崎市と素材大手「レゾナック・ホールディングス」(東京都港区)は今年度、集めたプラスチックごみをガス化し、水素や二酸化炭素、アンモニアにリサイクルする実証
明治天皇が訪れた川崎市幸区の名所「小向梅林」の復活を目指し、市が植樹を進めてきた御幸公園(同区)で、梅が見頃を迎えている。来園者は、白やピンクのかれんな花と香りを楽しんだ。 小向梅林は明治時代まで同公園を含む一帯約30ヘクタールに広がっていたが、当時は「暴れ川」と呼ばれた多摩川の度重なる洪水などが原因で樹勢が衰えたという。市は梅林の復活を求める住民らの要望を受け、2015年度から22年度までに25種232本を植え終えた。 植樹エリアが開放された園内では、花を咲かせた梅が甘い香りを漂わせている。家族連れなどが訪れ、鼻を近づけて香りを楽しんだり、写真撮影をしたりして楽しんでいた。 区内に住む主婦(51)は「ほんのりと甘い香りが心を落ち着かせてくれる。春が近いと感じ、ワクワクする」と満喫した様子だった。 植樹エリアの開放は25日で終了したが、遊歩道から梅を楽しむことができる。
川崎市は2024年2月5日(月)、首都高湾岸線に新設予定の「扇島出入口」について、都市計画変更の手続きの完了に向け、変更案の縦覧を開始したと発表しました。 扇島出入口は、東扇島出入口から約4.5km横浜側に誕生します。 東扇島の西隣にある「扇島」は、ほぼ全区画がJFEスチールの工場敷地ということもあり、一般車向けに開放された公道が皆無でした。しかし2023年9月に同工場の高炉が休止し、扇島は土地利用を転換して再開発されることとなります。 その一環として、首都高湾岸線に新たな「扇島出入口」が設置される方針となりました。もともとは東京方面への出入口だけ作る予定でしたが、隣の「東扇島出入口」同様、横浜方面への出入口も作るよう方針転換。その都市計画変更が今回完了すれば、あとは事業化を待つこととなります。 今はまだ都市計画の範囲が決まるだけで、具体的にどのようなランプ形状になるかは、今後詳細設計が行
JR東日本南武線の支線、尻手駅と浜川崎駅を結ぶ通称「浜川崎支線」というと、近年は車両の投入が話題になった。 それまで使われていた205系1000番台と入れ替わる形で、2023年9月から走り始めたのは、新潟地区で活躍していたE127系だった。 浜川崎支線を取り巻く環境が変化 首都圏の通勤通学路線でありながら、4ドアの車両に代わって3ドアが導入されることも異例だが、大都市圏で役目を終えた車両が地方に移籍するという通常の流れとは、逆の動きであることも話題を集めた。 しかし近年の浜川崎支線にはこれ以外にも動きがある。2016年3月に小田栄駅が生まれているからだ。 南武線は南武鉄道という私鉄によって開業した。まず川崎―立川間が開業し、浜川崎支線は1930年に走りはじめた。 このときすでに、八丁畷、川崎新町、浜川崎の3駅はあった。八丁畷駅は京浜急行電鉄本線との乗換駅として作られ、浜川崎駅は現在同様、旅
今年、JR鶴見線はその前身となった鶴見臨港鉄道の設立から100周年を迎える。鶴見臨港鉄道は、浅野財閥(現・太平洋セメントの源流のひとつである浅野セメントが中核)を率いた浅野総一郎らによって造成された鶴見・川崎の埋立地(末広町、安善町、白石町、大川町、扇町など約150万坪)の物流を担うため、1924(大正13)年に創立。その後、戦時買収を経て、戦後は国鉄(現・JR)鶴見線となった。 この鶴見線の特徴としてすぐに思い浮かぶのは、多くの支線が存在することだ。海に面した海芝浦駅と隣接する海芝公園が観光スポットにもなっている海芝浦支線。首都圏で最後まで旧型国電が走った大川支線。石油輸送を担い、いまも不定期ながら石油輸送で使われている旧・石油支線(終点の浜安善駅は1986年廃止。現在は安善駅の構内扱い)。鶴見区末広町の工場群の物流を担った鶴見川口支線(1986年廃止)などもあった。 浜川崎支線の205
JR東日本は24日、鶴見線で「E131系車両」の営業運転を開始する。昭和62年に国鉄が民営化されて以降、鶴見線に新型車両が投入されるのは初めて。JR東日本首都圏本部鎌倉車両センター中原支所の川井修支所長は「しっかりメンテナンスをして、沿線の皆さまには安心と安定をお届けできるように努力していく」と話している。 「E131系」はこれまでの205系よりも省電力で運行できる車両。24日より順次運転を開始し、今年度中に、3両の8編成を導入する。 JR鶴見線に投入される「E131系」の車内。座席の色は車両と同じ黄色と青色になっている 車両正面には、過去に鶴見線の色だった茶色と現在の色である黄色のドットが施されている。黄色とともに車両の側面を彩る青色は海をイメージしている。車内の椅子は車両と同じ黄色と青色のデザインになっており、各車両にフリースペースがある。JR東日本横浜支社では「地域の皆さまに愛される
横浜市営地下鉄ブルーラインとは、藤沢市にある「湘南台駅」~横浜市青葉区にある「あざみ野駅」間を結ぶ、横浜市営地下鉄の鉄道路線です。 1972年に開業し、もとは「湘南台駅」~「関内駅」間を「横浜市高速鉄道1号線」、関内駅~あざみ野駅間を「横浜市高速鉄道3号線」と呼んでいました。その後2008年に、横浜市緑区にある「中山駅」~港北区にある「日吉駅」間で「横浜市高速鉄道4号線」が開業したことを受け、公募で決定した「ブルーライン」という路線愛称で呼ばれるようになりました。 主な停車駅は、横浜市南西部の中核である「戸塚駅」、横浜都心部の「伊勢佐木町駅」・「関内駅」・「桜木町駅」・「横浜駅」、新幹線も通る「新横浜駅」など神奈川県民の重要な足となる鉄道路線です。
パナソニック ホールディングス、東急、都市再生機構(UR都市機構)は11月17日、川崎市麻生区のUR虹ヶ丘団地で、「空中配送ロボット」を活用した新たな配送サービスの実証実験を同月18日から開始するのに先立ち、報道陣にロボットのデモンストレーションを披露した。 <空中配送ロボットのデモンストレーション> ロボットは、パナソニック ホールディングス 事業開発室 ESL研究所が開発したもので、電柱に張り巡らせたワイヤーを伝い、ロープウェイのように移動する。団地内には高さ10~14mの電柱を計10本建て、直線400mのルートを構築。ルート上の中央広場に受け取りボックスを設け、住民が専用アプリで注文した最寄りの東急ストアや吉野家の商品を、同ボックスまでロボットが配送する。 ロボットへの積載量は最大で3.5kg。住民から注文が入ると、パナソニック ホールディングスのスタッフがロボットに商品を格納し、最
写真:E131系1000番台 谷口順一撮影 八丁畷にて 2023-10-17 JR東日本横浜支社は,鶴見線用E131系1000番台について,2023(令和5)年12月24日(日)から順次営業運転を開始すると発表した. 運転区間は,鶴見線の鶴見—扇町・大川・海芝浦間で,2023(令和5)年度中に3両編成8本(計24両)が導入される. E131系1000番台は,これまでのE131系とは異なり,車体幅が2778mmのストレート車体となる.外観は,海をイメージしたスカイブルーをメインに,前面のドットは,かつて鶴見線で活躍した歴代の車両カラーを表現している. 車内は,外観との統一を図り,座席に青色を用いることで,海沿いを走る爽やかな雰囲気を表現する.腰掛はすべてロングシートで,座席1名あたりの幅は,205系から25mm拡大した460mmとする.また,車いすやベビーカー利用者向けのフリースペース
川崎市の臨海部が「水素」の拠点になる見込みです。サプライチェーンの要となる海外からの液化水素の受け入れ拠点施設整備について、水素運搬のノウハウを持つ川崎重工が連携することに。水素が安価に手に入る時代が見えてきました。 「川崎」に水素の拠点 「川崎」と連携協定 川崎重工業が開発を進めている「液化水素運搬船」の商用化に向けた計画が進んでいます。同社はすでに液化水素を格納する貨物タンク(CCS)の技術開発を完了しており、大手海運会社の日本郵船、商船三井、川崎汽船は国際的なサプライチェーンの構築に向けて、川重グループと協力することを明らかにしています。2023年9月28日には、液化水素の受け入れ基地が置かれる川崎市と川崎重工との間で連携協定が結ばれました。 拡大画像 川崎重工が開発する16万立方メートル級液化水素運搬船のイメージ(画像:川崎重工業)。 川崎重工の執行役員で水素戦略本部長の原田英一氏
川崎市と川崎重工が連携協定を締結。川崎市の臨海部エリアで、水素エネルギーを供給する拠点の形成に向けた動きが加速しそうです。 川崎市の臨海部に「水素エネルギーの供給拠点」整備へ 川崎市の臨海部エリアで、水素エネルギーを供給する拠点の形成に向けた動きが加速しています。川崎市と川崎重工業は2023年9月27日(木)、「カーボンニュートラルの早期実現」に向けた連携協定を締結しました。臨海部エリアでは巨大な再開発構想も動き始めていますが、どのように変化するのでしょうか。 拡大画像 上空から見た扇島地区(画像:写真AC)。 締結式は川崎重工の東京本社(東京都港区)で開催され、川崎市の福田紀彦市長と川崎重工の原田英一水素戦略本部長が出席しました。 福田市長は締結式で「今回の協定の契機に、更に水素社会の実現に向けて取り組んでいく。川崎重工と川崎市の『2つのカワサキ』が連携することで、水素を『つくる』段階か
我が国における鉄道貨物輸送は、新橋~横浜(現・桜木町)間で旅客輸送が始まった翌年、1873(明治6)年9月15日に旅客と同じ新橋~横浜間で貨物列車が走ったのが始まりである。今年は「貨物鉄道輸送150年」の記念すべき年にあたる。 神奈川県の横浜・川崎エリアでは、明治期から戦後にかけて、貨物線が著しく発達した。写真は現役当時の神奈川臨海鉄道水江線(「神奈川臨海鉄道50年史」より) その後、神奈川県の横浜・川崎エリアでは、横浜港・川崎港の貨物量増加、臨海工業地帯の発展などにともない、貨物線が著しく発展。埠頭や工場をつなぐ専用線まで含めると、数えきれないほどの路線が敷設された。しかし、モータリゼーションが伸展し、トラック輸送が台頭すると、1970(昭和45)年頃をピークに鉄道の貨物輸送は斜陽化。数多くの貨物線が姿を消していった。 今回は、横浜・川崎エリアに存在する貨物線の廃線跡を探索する。 ■最古
JFEスチールは16日、川崎市にある東日本製鉄所京浜地区の第2高炉(炉容積5000立方メートル)を休止した。鉄鋼需要の減少を受けて生産設備を集約し、国内で稼働する高炉は千葉地区(千葉市)などの7基体制とする。休止後の跡地は、水素の供給など脱炭素化を先導するエリアに転換する。 京浜地区は1912(明治45)年に前身の日本鋼管が創業し、鉄鋼の生産量は累計で約2億8000万トンに及ぶ。2基あった高炉のうち1基は平成16年に休止した。第2高炉の休止後も、西日本製鉄所倉敷地区(岡山県倉敷市)から受け入れた素材を厚板に加工するなどの工程は残す。 JFEの粗鋼生産能力は年間で400万トン減って2600万トンとなる。一方で電気自動車(EV)用の電磁鋼板など、付加価値の高い製品に経営資源を集中できるため、令和6年度末までに計約850億円の収益改善効果が見込まれる。
京浜工業地帯のシンボルでもあるJFEスチール東日本製鉄所京浜地区(川崎市川崎区扇島)の高炉が16日、休止する。 JFEホールディングスは今後、同区扇島の一部222ヘクタールで設備を順次停止させ、2050年までに跡地で次世代産業などを集積する大規模な土地利用構想の実現を目指す。 今回休止する高炉は、東京湾を埋め立てて造成した扇島に1975年に整備され、79年から稼働してきた。煙を吹き出す煙突は、前身の日本鋼管時代を含め、京浜工業地帯の象徴的存在でもあった。 休止後の跡地では、水素などのエネルギー供給や次世代モビリティの拠点、先端技術の実証フィールドなどを整備する構想を掲げる。同社幹部は「次の百年を担う新たな産業の立地などを通じて、地域や社会の持続的発展に貢献したい」としている。
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