GPS軌跡(クリックで拡大されます。) 2023.9.10(日) 中音水(なかおんずい)森林鉄道遺構を訪ねる 行程:(往復)国見の森公園=R29=波賀町音水駐車地ー中音水林道ートンネルー宿舎跡ー揖保川源流碑ー幻の滝 1/25000地形図:『音水湖』 メンバー:宍粟50名山ガイドクラブ 最初、渡った橋の名は「いんくら橋」。音水川に架かっています。 *いんくらとは・・・ 『インクラとは、谷が多い山の中で傾斜面にレールを敷き、動力で台車を動かし貨物を移動させる装置です。』 とのことです。クラブの先輩のブログより参照させていただきました。 山の急斜面に石組みの水路??が設置されていますが、 この遺構も林業に関わる溝なのでしょうか。 歩きやすい水平の道を進みます。下方では瀬音が聞こえ、涼しかったです。 堤防から流れ落ちる水がとてもきれいでした。 早速、鉄橋が架かっています。 ここを森林鉄道が走ってい
大正から昭和にかけ、兵庫県宍粟市波賀町を走った波賀森林鉄道の復活に取り組む住民グループ「波賀元気づくりネットワーク協議会」が、同鉄道の歴史をまとめた冊子「波賀森林鉄道ものがたり-山がにぎやかだった頃」を発行した。 国有林の木材を運んだ同鉄道は1916(大正5)年に建設が始まり、蒸気やディーゼルの機関車が走った。最盛期は総延長約40キロに達し「大阪営林局のドル箱」と称された。やがてトラック輸送に変わり、68(昭和43)年に廃止された。 冊子では、建設された各路線の特徴を当時の写真とともに紹介。同鉄道で働いた営林署職員や、官舎があった貯木場で生まれ育った住民、職員を支えた妻たちのインタビューを通し、市民生活と一体化していた同鉄道の姿を伝える。今も山中に残る橋脚やトンネルなどの遺構の写真を載せるほか、同協議会が取り組む活動も紹介している。 同協議会の編集担当、蒐場(ぬたば)幸子さん(67)は「写
広島と浜田を結ぶ陰陽連絡鉄道である広浜鉄道の開通は、近代化が進む明治20年代頃からの先人の悲願でありました。今福線は広浜鉄道の島根県側のルートとして、昭和8年に山陰本線下府駅から石見今福駅までの約15kmが着工されました。しかし、工事がほぼ完成した昭和15年に戦争のため建設が中断、戦後、今福線旧線とは別に山陰本線浜田駅を起点とする今福線新線約12kmとして工事が再開されましたが、昭和55年に国鉄改革の余波で再び建設が凍結されました。以後、工事を引き継ぐ事業者も現れず未成線として終わり、「幻の広浜鉄道」と呼ばれるようになっています。線路跡にいくつも立ち並ぶ黒ずみ苔むした巨大な橋脚や、戦時中の鉄の使用を減らすため多用されたコンクリートアーチ橋などの造形美も楽しむことができます。
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く