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South Sudanに関するkenken610のブックマーク (18)

  • スーダン大統領「政治犯を釈放」、南スーダンと雪解けか

    スーダンの首都ハルツーム(Khartoum)にある同国議会で演説するスーダンのオマル・ハッサン・アハメド・バシル(Omar Hassan Ahmed al-Bashir)大統領(2013年4月1日撮影)。(c)AFP/ASHRAF SHAZLY 【4月2日 AFP】スーダンのオマル・ハッサン・アハメド・バシル(Omar Hassan Ahmed al-Bashir)大統領は1日、新しい会期が始まった議会の開会演説で、すべての政治犯を釈放するとともに、武装勢力を含めたあらゆる政治・社会勢力との対話を続けていくことを約束すると述べた。野党勢力からは「真の対話へ向けた一歩だ」として歓迎する声も上がっている。 スーダンでは南スーダンとの係争地である南コルドファン(South Kordofan)州と青ナイル(Blue Nile)州で約2年前から政府軍との戦闘を続けている反政府民族勢力「スーダン人民解

    スーダン大統領「政治犯を釈放」、南スーダンと雪解けか
  • 南スーダンで武装集団が襲撃、PKO部隊のインド兵ら12人死亡

    南スーダン・ジョングレイ(Jonglei)州で、世界糧計画(WFP)向けの支援物資を国連南スーダン派遣団(UNMISS)のヘリコプターから積み下ろす人たち(2012年1月12日撮影、資料写真)。(c)AFP/HANNAH MCNEISH 【4月10日 AFP】南スーダン東部のジョングレイ(Jonglei)州で9日、インド軍兵士5人と文民7人が武装集団の待ち伏せ攻撃に遭い殺害された。国連(UN)によるとこのほかに少なくとも9人が負傷し、行方不明者もいるという。 殺害された12人は国連南スーダン派遣団(UN Mission in South Sudan、UNMISS)と協力して活動していた。襲撃した武装集団についてはよく分かっていない。 同州では南スーダンが2011年7月にスーダンから分離独立を果たして以来、部族間の衝突が激化している。(c)AFP/Hannah MCNEISH

    南スーダンで武装集団が襲撃、PKO部隊のインド兵ら12人死亡
  • 南スーダン領内をスーダン軍が空爆、「南とは協議しない」とバシル大統領

    南スーダン北部ユニティ(Unity)州の州都ベンティウ(Bentiu)の基地で気勢を上げる、スーダン人民解放軍(SPLA)の兵士ら(2012年4月23日撮影)。(c)AFP 【4月23日 AFP】南スーダン北部の油田地帯ユニティ(Unity)州の州都ベンティウ(Bentiu)が23日、スーダン軍機の空爆を受け、現地のAFP特派員によると少なくとも子ども1人が死亡、複数の市民が負傷した。 南北スーダンの国境では、南スーダン軍がスーダン南部の油田地帯ヘグリグ(Heglig)を10日に制圧したことから、スーダン軍が南側への空爆を続けるなど情勢が悪化。衝突が相次いでいたが南スーダン軍は22日、全面戦争を回避するためとして全軍をヘグリグから撤退させたばかりだった。 南スーダン軍高官によると、橋や市場が空爆され、少なくとも1人が死亡、子ども3人を含む10人が負傷したという。 一方、スーダンのオマル・ハ

    南スーダン領内をスーダン軍が空爆、「南とは協議しない」とバシル大統領
  • スーダンがまた南スーダンを空爆、「宣戦布告」と南スーダン大統領

    スーダン南部の油田地帯ヘグリグ(Heglig)で喚声を上げるスーダンの兵士たち(2012年4月24日撮影、資料写真)。(c)AFP/EBRAHIM HAMID 【4月25日 AFP】スーダンの軍用機が23日から24日未明にかけて南スーダン・ユニティ(Unity)州の油田地帯を空爆し、数人の負傷者が出た。 スーダン軍機が23日に行ったユニティ州の首都ベンティウ(Bentiu)への空爆に続けて行われたもので、南ユニティ州の2か所と、このところ両国間で衝突が起きていた地域の1か所が空爆された。 中国・北京(Beijing)を訪問し、胡錦濤(Hu Jintao)国家主席と会談した南スーダンのサルバ・キール・マヤルディ(Salva Kiir Mayardit)大統領は「隣国のスーダン政府は南スーダンに宣戦布告した」と述べた。 スーダンの友好国であるとともに、南スーダン産原油の主要な輸入国でもある中国

    スーダンがまた南スーダンを空爆、「宣戦布告」と南スーダン大統領
  • スーダンのバシル大統領、南スーダンの「虫けら」政府打倒を宣言

    スーダンの首都ハルツーム(Khartoum)にある与党・国民会議党(NCP)部で、支持者らの出迎えを受けるオマル・ハッサン・アハメド・バシル(Omar Hassan Ahmed al-Bashir)大統領(2012年4月18日撮影)。(c)AFP/ASHRAF SHAZLY 【4月19日 AFP】スーダンのオマル・ハッサン・アハメド・バシル(Omar Hassan Ahmed al-Bashir)大統領は18日、南スーダン軍が制圧した南部の油田地帯ヘグリグ(Heglig)の奪還に向かうスーダン軍を支持する集会で、南スーダンの「虫けら」政府を打倒すると警告した。 軍服姿もみられる若者ら3000人を前に、バシル大統領は「今日より、われわれの目標は『スーダン人民解放運動(Sudan People's Liberation Movement、SPLM)』から南スーダン市民を解放することだ」と演説

    スーダンのバシル大統領、南スーダンの「虫けら」政府打倒を宣言
  • 南北スーダンが戦闘を停止、エチオピアで協議へ

    スーダン軍と南スーダン軍の戦闘で破壊され、スーダン南部の油田地帯ヘグリグ(Heglig)に残された軍用車両の残骸を囲む兵士と見物人(2012年3月28日撮影)。(c)AFP 【3月29日 AFP】スーダンと南スーダンは28日、全面的な武力衝突を回避するため、国境付近で26日に始まった戦闘を停止した。両政府によるとアフリカ連合(AU)が仲介した交渉が行われてきたエチオピアのアディスアベバ(Addis Ababa)で29日、両国高官が協議する。 南スーダンは昨年7月にスーダンから独立したが、アフリカ連合が仲介した国境画定や石油権益などをめぐる交渉は難航していた。直近の協議は3月に入って一定の合意を得て終わり、大きな進展として評価されたものの、その後の両国関係は悪化していた。 南スーダン側は、スーダンの爆撃機と地上部隊が26日に南スーダン北部のユニティ(Unity)州を攻撃したため反撃し、ヘグリ

    南北スーダンが戦闘を停止、エチオピアで協議へ
  • スーダンが南スーダン領内を空爆か、両国首脳が非難の応酬

    南スーダン軍との戦闘があったスーダンの南コルドファン(South Kordofan)州をパトロールするスーダン兵(2012年4月12日撮影)。(c)AFP/ASHRAF SHAZLY 【4月13日 AFP】前年7月の独立以来、スーダンと国境地帯の領有権争いをしている南スーダン政府は12日、自国領内をスーダン空軍機が空爆したと非難した。1人が死亡したとの情報がある。 スーダン軍機は12日、両国国境に近い南スーダン北部ユニティ(Unity)州の州都ベンティウ(Bentiu)にある戦略上重要な橋を攻撃したという。同州のギデオン・ガトパン(Gideon Gatpan)情報相は、スーダン軍の空爆で1人が死亡したと述べた。一方、スーダン側は空爆を否定している。 国境地帯で前月起きた戦闘はアフリカ連合(AU)などの仲介でいったんは停戦したが、10日、南スーダン軍が越境してスーダン側の油田地帯ヘグリグ(H

    スーダンが南スーダン領内を空爆か、両国首脳が非難の応酬
  • 南スーダンで家畜めぐる民族衝突、200人以上死亡か

    南スーダン・ジョングレイ(Jonglei )州ピボル(Pibor)郡で、近隣住民とともに立ちつくす500頭の牛を奪われた男性(左、2012年1月12日撮影、資料写真)。(c)AFP/HANNAH MCNEISH 【3月13日 AFP】南スーダン東部ジョングレイ(Jonglei)州で前週末、家畜の牛をめぐる民族衝突が発生し、200人以上が死亡し、数百人が拉致された。 同州の知事がAFPに語ったところによると、拉致された中には約300人の女性と子供も含まれているという。 同知事によると、ジョングレイ州のムルレ(Murle)民族が9日の夜明けともにナシル(Nasir)地域のRomyieri付近で、隣接する上ナイル(Upper Nile)州に住むロウ・ヌエル(Lou Nuer)民族を襲撃し、翌10日までに約10万頭の牛を盗んだ。 現地は道路がほとんどなく携帯電話も使えないため、死傷者数などの裏づけ

    南スーダンで家畜めぐる民族衝突、200人以上死亡か
  • スーダンと南スーダンが不可侵条約締結

    アフリカ・ブルームフォンテーン(Bloemfontein)で行われた式典に臨む南アフリカのターボ・ムベキ(Thabo Mbeki)前大統領(2012年1月8日撮影)。(c)AFP/ALEXANDER JOE 【2月11日 AFP】スーダンと南スーダンは、エチオピアの首都アディスアベバ(Addis Ababa)で10日、両国の国境画定問題をめぐるアフリカ連合(African Union)主導の交渉で「不可侵条約」を締結した。 仲介の中心役となった南アフリカのターボ・ムベキ(Thabo Mbeki)元大統領は、記者団に対し「両国は不可侵と相互協力に合意した」と述べた。 条約の調印は、南スーダンの情報局のトップ、トーマス・ドース(Thomas Douth)氏と、スーダンのムハンマド・アタ(Mohammed Atta)国家情報治安局長が行った。 条約によると、両国は「互いの主権を尊重して領土を侵

    スーダンと南スーダンが不可侵条約締結
  • 南スーダン、帰還民の再定住進まず 「敵意」にも直面

    南スーダン・ルンベク(Rumbek)にある帰還民のための一時収容キャンプ(2011年11月12日撮影)。(c)AFP/Tony KARUMBA 【11月29日 AFP】南スーダンの独立は北部のスーダンから数千人の帰還を促したが、新しいより良い生活への希望はついえようとしている。多くの帰還民たちが、いまだに、帰還民のための一時収容キャンプで日々生きていくのがやっとという生活を送っているのだ。 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が帰還民支援のために中部レイク州ルンベク(Rumbek)に建設したキャンプでは、れんがやビニールシートに覆われた小屋に60家族が暮らしている。3か月前にスーダンの首都ハルツーム(Khartoum)から再定住を求めて来たものの、南スーダン政府から土地が与えられず、キャンプでの滞在期間は延びる一方だ。また、帰還民の大量流入により、生活環境はますます悪化している。 国際移

    南スーダン、帰還民の再定住進まず 「敵意」にも直面
  • 南スーダン軍、民兵組織からの脱却の困難

    南スーダンの首都ジュバ(Juba)で行進するスーダン人民解放軍(SPLA)の兵士たち(2011年7月5日撮影)。(c)AFP/PHIL MOORE 【12月7日 AFP】今年7月に独立した南スーダン共和国の首都ジュバ(Juba)郊外。軍の司令部にあと200メートルのところまで近づくと、バイクタクシーの運転手は首を振り、それ以上、進むことを拒んだ。ジュバの街角は昼間はタクシーの客引きでにぎわうが、夜は閑散としている。治安部隊とすれ違うのを恐れているからだと運転手は言った。 スーダンの反政府勢力として、南スーダンの独立をゲリラ戦で勝ち取ったスーダン人民解放軍(SPLA)の部内に漂う緊張感と、兵士たちの疑い深いまなざしは、その重々しい壁の外側にいる市民の不信感に劣らなかった。「SPLAは21年間も内戦を戦ってきた。われわれの軍は南スーダンの人びとの革命と解放の使命を負っている」と軍のフィリップ

    南スーダン軍、民兵組織からの脱却の困難
  • 南スーダン、新たな民族衝突で57人死亡

    南スーダン東部ジョングレイ(Jonglei)州ピボル(Pibor)郡で避難生活を送る人びと(2012年1月5日撮影)。(c)AFP/UN/ISAAC BILLY 【1月13日 AFP】家畜をめぐる対立から民族衝突が激化している南スーダン東部ジョングレイ(Jonglei)州で11日、新たな襲撃があり、女性や子ども多くを含む57人が殺害された。 12日夜のバルナバ・ベンジャミン(Barnaba Marial Benjamin)情報相の発表によると、襲撃があったのは同州ウロル(Uror)郡のウェク(Wek)村。この村はロウ・ヌエル(Lou Nuer)民族が住む地域にあるが、敵対するムルレ(Murle)民族60人ほどが武装して村を襲撃し、ウシ2万頭を連れ去ったという。 夕方5時ごろから夜中まで続いた襲撃で57人が死亡、53人が負傷したという。死者の大半は女性と子どもで、男性は11人だけだった。 南

    南スーダン、新たな民族衝突で57人死亡
  • 南スーダンの大量虐殺に「証拠なし」、国連報告

    南スーダン東部ジョングレイ(Jonglei)州ピボル(Pibor)郡で避難生活を送る人びと(2012年1月5日撮影)。(c)AFP/UN/ISAAC BILLY 【1月8日 AFP】国連南スーダン派遣団(UN Mission in South Sudan、UNMISS)のヒルデ・ジョンソン(Hilde Johnson)事務総長特別代表は7日、南スーダンで報告された大量虐殺について、調査の結果「証拠が見つからなかった」と語った。だが一方で同氏は、迅速な支援を必要とする人が6万人に上っていると注意を喚起している。 前週、武装した若者最大8000人が南スーダン東部ジョングレイ(Jonglei)州のピボル(Pibor)郡を襲撃し、3000人以上を殺害したとの報告があったが、ジョンソン特別代表は、誤報だったとみられると述べた。 ジョンソン氏はピボルを訪れた後に、「重要なのは、死者数を裏付ける証拠が発

    南スーダンの大量虐殺に「証拠なし」、国連報告
  • 家畜の牛をめぐり過去最悪の民族衝突、政府軍が支配権奪還 南スーダン

    2009年当時のスーダン・ピボル(Pibor)で世界糧計画(WFP)による配給を待つムルレ部族の避難民(2009年3月27日撮影、資料写真)。(c)AFP/UNMIS/TIM MCKULKA 【1月4日 AFP】南スーダン東部のジョングレイ(Jonglei)州の町ピボル(Pibor)で家畜の牛をめぐり過去最悪の民族衝突に発展した問題で、同国のバルナバ・ベンジャミン(Barnaba Marial Benjamin)情報相は3日、ピボルの支配権を奪還したと発表した。 民族衝突は、ロウ・ヌエル(Lou Nuer)部族の6000人余りの武装集団が、敵対するムルレ(Murle)部族を牛の強奪犯と名指しし、ムルレ部族のせん滅を誓ってピボルを襲撃したことが発端となった。武装集団はわらぶき屋根の住居に火を放ち、国境なき医師団(Doctors Without Borders)が運営する病院を略奪した。 こ

    家畜の牛をめぐり過去最悪の民族衝突、政府軍が支配権奪還 南スーダン
  • 南スーダン、民族衝突の死者3000人を超える 独立後で最悪の衝突に

    国連(UN)が公開した、南スーダン東部ジョングレイ(Jonglei)州ピボル(Pibor)での民族衝突を逃れてきた子どもたちの写真(2012年1月5日提供)。(c)AFP/UN/ISAAC BILLY 【1月6日 AFP】南スーダン東部ジョングレイ(Jonglei)州ピボル(Pibor)郡で前週、家畜をめぐる争いを機に起きた大規模な民族衝突は、死者が3000人を超え、数万人が避難を強いられる事態となっている。 ピボルでは前週、ロウ・ヌエル(Lou Nuer)民族の武装集団6000人余りが、牛を強奪されたとの理由で、以前から敵対していたムルレ(Murle)民族が住むピボルを襲撃。政府軍が応戦するまで、わらぶき屋根の住居に火を放ったり、病院の略奪などを続けた。これが発端となって、両民族間の大規模衝突に発展した。 ジョシュア・コニイ(Joshua Konyi)郡政委員は6日、ピボルでは大量殺害が

    南スーダン、民族衝突の死者3000人を超える 独立後で最悪の衝突に
  • 新生「南スーダン」、スポーツに未来を託す多民族国家

    南スーダン共和国の首都となるジュバ(Juba)で行われたバスケットボール・ナショナルチームの公開練習での一こま(2011年6月27日撮影)。(c)AFP/PHIL MOORE 【7月7日 AFP】サッカー選手たちは石ころだらけのピッチを走り回り、ゴールキーパーは腹をすかせて迷い込んだヤギの群れを追い払うのに大忙し。9日に独立する南スーダン共和国の首都ジュバ(Juba)で前月末、サッカーとバスケットボールの「南スーダン」ナショナルチームが初めて公開練習を行った際の光景だ。 20年余りに及ぶ北部との内戦で200万人以上の死者を出し国土も荒廃したスーダン南部は、今年1月に行われた住民投票で「南スーダン」としての独立が決まった。国としてのスポーツ公式記録はまだなく、ナショナルチームに新生国家の夢と希望が託されている。初の国際試合は独立翌日の10日に予定されており、サッカー代表はケニアと、バスケット

    新生「南スーダン」、スポーツに未来を託す多民族国家
  • 新国家「南スーダン共和国」誕生

    新国家「南スーダン共和国」の首都ジュバ(Juba)で、午前0時になり国家が独立したことを祝う人びと(2011年7月9日撮影)。(c)AFP/PHIL MOORE 【7月9日 AFP】(一部更新、写真追加)アフリカのスーダン南部が9日午前0時、「南スーダン共和国」として分離独立した。 首都ジュバ(Juba)では、花火が上がり、市中の道路は、祝福のクラクションを鳴らす車であふれかえった。人びとは新しい国旗を手に街を練り歩き、新しい国の誕生を祝った。 ジュバの街頭には、独立の瞬間を待ちかまえて、大勢の群衆が主要な交差点などに集まり、AFP特派員によると耳をつんざくような騒ぎだった。カウントダウン用の時計には「ついに自由に」と書かれていた。 時計の横に立っていた大学生のアンドリュー・ヌアーさん(27)は、独立を祝うためにエジプトのカイロ(Cairo)から帰国した。大騒ぎの車や踊る人びとを眺めながら

    新国家「南スーダン共和国」誕生
  • 南スーダン共和国が独立、新首都で式典

    南スーダンの首都ジュバ(Juba)で行われた独立を祝う軍事パレードで行進するスーダン人民解放軍(SPLA)の退役兵(2011年7月9日撮影)。(c)AFP/PHIL MOORE 【7月10日】50年にわたる北部との分離・独立をめぐる内戦の末に独立した南スーダン共和国で9日、独立式典が行われた。 式典は南スーダンの首都ジュバ(Juba)で行われ、初代大統領となったサルバ・キール(Salva Kiir)大統領は、歓喜にわく数万人の新国民を前に「殉教者たちの死は無駄ではなかった。わたしたちはこの日を56年以上、待ち続けていた。われわれの心と精神に永遠に刻み込まれる1日になるだろう」と演説した。 式典にはスーダンのオマル・ハッサン・アハメド・バシル(Omar Hassan Ahmed al-BASHIR)大統領も出席。かつて敵として16年間にわたって戦い、ついに打ち破ることのできなかったスーダン人

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